新型肺炎の戦で最前線に立つイタリア

長谷川 良

海外亡命中の中国の著名な現代美術家・艾未未氏(アイ・ウェイウェイ)は、「新型コロナウイルスは中国で作られた麺を、イタリアでパスタとして生みかえ、世界に今、送り出している」という趣旨の発言をして批判にさらされている。本人は「あれは冗談だ」と弁明しているが、新型肺炎で3000人以上が犠牲となっている時だけに、やはり時をわきまえない不謹慎な発言といわざるを得ない。

▲新型コロナウイルスとの戦いを表明するコンテ首相(2020年3月8日、イタリア首相府公式サイトから)

▲新型コロナウイルスとの戦いを表明するコンテ首相(2020年3月8日、イタリア首相府公式サイトから)

当方はイタリアに親戚がいることもあって、中国武漢発の新型コロナウイルスがイタリアに広がり、欧州最大の感染国となってきた現状を心配している。同時に、なぜイタリアで新型肺炎の感染者が急増しているか、を考え出している。7日時点で、感染者は5883人、死者数は233人だ。

イタリアは日本に次いで長寿国家だ。社会には高齢者が多い。新型肺炎の場合、80歳以上の感染者の致死率は14・8%と非常に高いから、高齢者がいったん感染すれば、多くの死者が出る(「データが示す新型肺炎患者の特徴」2020年2月22日参考)。

コンテ首相は7日、青年たちに、「家に留まって両親や高齢の祖父母を世話してほしい」と呼び掛けている。青年たちが外で感染した場合、新型肺炎は軽症で済むケースが多いが、高齢者の家族に感染させる危険が出てくるから、「青年たちよ、外に出かけず、お願いだから家に留まってくれ」というアピールだ。

コンテ政権は8日、イタリア最大の経済地帯、同国北部ロンバルディア州(ミラノ市を含む)やベネト州など14自治体(人口1600万人)の国民を隔離し、地域間の移動を禁止する厳格な法令を発表した。同法令は即発効され、4月3日まで実施される。隔離措置に反した場合、最長3カ月の禁錮刑の対象となるという。

イタリアでは学校や大学は休校、サッカー試合は中止ないしは無観客試合を強いられ、映画館、劇場、博物館は閉鎖。病院は感染者で溢れ、医療システムは崩壊寸前だ。レストランやバーでは客と接待係の距離を1メートルは取るようにと伝達している、といった具合だ。

イタリア人は楽しむことが大好きな国民だ。イタリア語にはドルチェ・ヴィータ(Dolce Vita)という言葉がある。直訳すれば「甘美な人生」といった意味だ。束縛されることなく、人生を楽しむイタリア人気質を表した言葉だ。

ところで、イタリアは今日、世界的少子化国となった。村では人間の数より犬の数のほうが多いところがあるほどだ。しかし家族間の絆は依然、強い。何か祝い事があれば、集まってくる。毎土曜日には家族一同、近くの喫茶店に行ってブランチ(遅い朝食)を楽しむ。当方も数回、つきあわされたことがあるが、フルーツ入りデニッシュパンやチョコレートクロワッサンなどにコーヒーといった簡単な朝食だが、集まった家族は楽しく交流する。

そのイタリア国民は今、大きな試練に直面しているわけだ。多くの人が集まる会合、イベントは中止され、自宅で待機しなければならなくなった。イタリア国民にとって、マスクや消毒液など新型肺炎対策用品の不足より、知人や友人と会って談笑する機会が制限されることのほうが辛いだろう。

社会学では「人間は関係存在」という。人は他者との関係で生き、喜怒哀楽を感じる存在というわけだ。少し飛躍するが、殺人事件の95%は「関係犯罪」と呼ばれる。知人、友人、家族関係のもつれが殺人を引き起こす。関係のない人が殺されるという事件は少ない。捜査当局が犯人を見つけ出すことが出来るのは人間関係のもつれが起因となっていることを知っているからだ。実際、殺人事件の検挙率は他の犯罪種目より高い。いずれにしても、いい悪いは別として、人間にとって他者との関係が存在の最重要要因だからだ。

中国武漢発の新型肺炎は関係存在としての人間の在り方、生態に刃物を突き付け、関係を断絶しようとしているわけだ。疫病学者によると、感染は①接触感染、②飛翔感染、③無接触感染(エアロゾル感染)に分けられるが、最も多いのは①だ。感染者が無感染者に接触して、そのウイルスをうつす。だから、疫病専門家は感染者には1メートル以上近づかないように注意している。フランスでは頬をつけあって挨拶する習慣をこの期間は止めるようにアドバイスをしているほどだ。

「家族の崩壊」や「少子化」が進む現代社会で、関係存在としての人間の在り方が問われ出してきたが、そこに新型コロナウイルスが侵入し、人間の在り方に決定的なダメージを与えてきている。イタリアは新型コロナウイルスとの戦いで最前線に立ち、国力を総動員して防戦に乗り出してきたわけだ。

ちなみに、欧州ではイタリアが、アジアでは新型コロナウイルスの発祥地中国を除けば韓国が、感染者数からみて「感染国」と受け取られているが、イタリアと韓国はよく似た国民性を有している。当コラム欄で「韓国人とイタリア人は似ているか」(2014年10月20日)という見出しで記事を書いたことがある。なぜイタリアと韓国で感染者が多いのか、単なる偶然か、というテーマを考える上で参考になるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。