新型コロナ報道:3.11に学ばないテレビ

鈴木 寛

東日本大地震からまもなく9年を迎えるところで、新型コロナウイルスの感染拡大という新たな国難に直面しました。国の専門家会議は2月24日に「今後1〜2週間が感染拡大を収束できるか瀬戸際」だと訴え、安倍政権は大規模イベントの中止や延期を国民に要請。感染拡大が著しい北海道では、道内全ての公立小中学校の休校へと動きました。

本稿執筆時点でも感染拡大がとどまる気配はみられません。感染症に詳しい専門家のなかには「温かくなればウイルスの動きが鈍くなる」との楽観的な見方もあるようですが、2003年に今回と同じく中国から世界に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)のときは、WHOが終息宣言をするまで半年かかりました。

確立された治療法はまだありません。新薬の開発導入には時間を要します。未曾有の危機に陥っているという点では、原発事故のときに放射性物質が拡散した事態と共通します。国民が不安と困惑の連続にいるなかで、専門家やメディアは科学的なエビデンスに依拠し、楽観にも悲観にも偏ることなく、正確なファクトを打ち出して「正しく恐れる」ように呼びかけるのが本来の姿のはずです。

写真AC

しかし原発事故直後の報道と言論は、すさむばかりでした。ネットで真偽不明の情報が飛び交う中で、テレビでも不安を煽る言動が続き、あろうことか当時の売れっ子科学コメンテーターまで「日本にはもう住めなくなる」と発信したこともありました。

テレビ報道でも放射線モニタリングの最高値だけを強調し「福島は危ない」と煽って風評被害が拡大。某局のプロデューサーが「水素爆発の映像を流せば数字(視聴率)が取れる」と平然と私に言ったときの衝撃は今でも忘れられません。この報道のおかげで、福島に医薬品などの支援物資を届けるドライバーがいなくなり、救急搬送患者や病気療養中の方が亡くなりました。

事故が起きた福島第1原発3号機(東電撮影、内閣府HPより)

避難と籠城、二つの選択肢を、各人のケースに応じて、慎重に見極めて判断する必要があったのに、中央のテレビが避難のみを喧伝し、それに煽られた菅直人総理(当時)は、寝たきりの高齢者の避難を強行しました。その結果、避難などの震災関連死が1600名に及ぶ二次被害が相次ぎました。避難関連死について、NHKを除くテレビ各社は、いまだに、自らの責任に十分に言及していません。

今回の新型コロナ感染拡大でも、まるで希望者全てにPCR検査を受けさせるべきかのような、医療資源が有限であることを無視した論者をテレビは登場させています。感染対策の専門家がそれを否定すると、検査を受けさせる、させないで論争も起きる事態も見受けられました。

政府の対処が後手に回っているのは確かでしょう。ある程度の批判、非難もやむを得ません。しかし科学的、医学的根拠が不十分、あるいは根拠はあっても非現実的な言説がはびこるメディア空間のありようを見ていると、3.11から何も学んでいなかったのではないか、暗澹たる思いです。


編集部より:このエントリーは、TOKYO HEADLINE WEB版 2020年3月9日掲載の鈴木寛氏のコラムに、鈴木氏がアゴラ用に加筆したものを掲載しました。TOKYO HEADLINE編集部、鈴木氏に感謝いたします。