新型肺炎をEU再結束の機会に

ウィーンの国連情報サービス(UNIS)から20日、緊急メッセージが配信されてきた。ウィーンの国連機関の対新型肺炎対策は復活祭明けの月曜日(4月13日)まで継続されるという。この措置はウィーン国連のホスト国オーストリア政府が同日、外出禁止や営業閉鎖などの特別措置期間の延期を発表したことを受け、国連側も対策期間をこれまでの4月3日から13日までに延期を決めたわけだ。

「新型コロナの伝染病を終わらせてください」と、祈るフランシスコ教皇(イタリア放送協会公式サイトから、2020年3月21日)

「イタリアの新型コロナ感染者をケアする医者と集中治療室」(イタリアの「ANSA通信」から、3月19日)

ウィーンの国連(国連職員数約5000人)には国連薬物犯罪事務所(UNODC)、国際原子力機関(IAEA)、国連工業開発機関(UNIDO)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)などの本部、事務所があるが、UNISの報告では、国連業務の95%以上は現在、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため自宅などで行われている。国連では大きな会議は中止、ないしはビデオ会議で行われ、記者会見は開催されなくなった。

20日のUNISのメールによると、今月13日には1人のIAEA職員の新型コロナの感染が判明したという。同職員は自宅隔離された。いずれにしても、ニューヨーク国連本部を別として、ウィーンに拠点を置く国連機関は復活祭の終わる4月13日まで実質的には休業状況となる。

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)=IAEAの公式サイトから

イランの核問題や北朝鮮の核検証問題などを抱えるIAEAにとって重要な決定が難しくなる。ラファエル・グロッシ事務局長は先月、イランの核問題に対する最新の報告書を公表した。

それによると、イランは先月19日の時点で濃縮ウラン(六フッ化ウラン)を1510キロ有している。核合意では300キロに制限されていた。同時に、濃縮度は3.67%から4.5%に引き上げている。また、テヘランの未申告施設でウラン粒子が見つかり、イランが不法な核関連活動をしている疑惑が再び浮上してきた。イランとの間で締結された核合意が崩壊してきただけに、IAEA関係者には焦るような思いがある。

ただし、イランは核開発問題より国内の新型コロナの拡大防止対策が急務となってきた。死者数はイタリア、中国に次いで3番目に多く、1000人を超えた。同国では、国際社会の経済制裁下で医療機材、薬品の不足が深刻だ。国際社会からの支援を考えた場合、核開発計画をこれ以上スピードアップできない事情がある。

一方、欧州連合(EU)の新型コロナ対策はどうだろうか。中国湖北省武漢市から発生した新型コロナウイルス(covid-19)は今日、欧州が最大の感染地となってきた。特に、イタリアでは20日、死者は4000人を超え、感染者数は4万7000人だ。スペインでも同日、死者数が1000人を超えている。

フォンデアライエン氏(European Parliament/flickr)

欧州委員会のフォンデアライエン委員長は13日、新型コロナウイルス感染拡大による経済への影響緩和措置として、総額370億ユーロの投資促進策を導入すると発表。16日には新型コロナの感染防止のために EU域外から域内への不要不急な入域を30日間禁止する案を提示した。一方、EU域内でも加盟国間の国境は次々と封鎖、入国制限が実施されてきた。そして19日、ミシェルEU大統領は、26日にEU首脳会談をテレビ会議方式で開催し、そこで新型コロナ対策を協議する意向を表明した。

フォンデアライン委員長は委員長就任直後、地球温暖化対策を最優先課題として取り組む意向を表明したが、新型コロナの感染が欧州全域に拡大し、欧州加盟国の国民経済が急速に失速してきたことを受け、新型コロナ感染拡散の防止、経済的ダメージの抑制が最優先課題となったきたわけだ。

2015年、中東・北アフリカ諸国から100万人を超える難民が欧州に殺到して以来、欧州の主要アジェンダは難民対策一色となったが、新型コロナの感染後は、難民対策は後退し、地球温暖化対策も主要アジェンダから外れてきた。EUは15年以来、想定外の大事件に振り回されている。

難民問題では加盟国の間で難民受け入れ枠を拒否、国境閉鎖など対応する国と難民受け入れを実施する国で分裂し、統一した難民対応は難しかった。トルコとの間でシリア難民の殺到を抑える代わりに、EUが巨額の経済支援をアンカラに提供することで一応合意し、大量難民の欧州殺到の悪夢を回避してきた経緯がある。

新型コロナ対策でも加盟国の対応で不統一が目立った。ドイツでマスクの輸出ストップが実施されるなど、自国ファーストの対策を実施する加盟国が出てきた。人、モノの自由な移動は新型コロナ感染によって完全にストップされてきたわけだ。

写真AC:編集部

スペイン、フランス、ベルギー、オランダ、オーストリア、ドイツなどは非常事態宣言をし、外出禁止、レストラン、映画館、劇場を閉鎖するなど、強硬策を実施中だ。同時に、新型コロナのためにダメージを受ける国民経済を支えるため支援策を打ち出してきた。例えば、スペインのサンチェス首相は12日、180億ユーロ規模の経済対策、オーストリアのクルツ首相は18日、最大380億ユーロの経済支援策を公表したばかりだ。

英国が1月末、EU離脱(ブレグジット)したことを受け、EUは28カ国体制から27カ国となった。イタリアやスペインで数千人の国民が死去する事態に直面し、ブリュッセルでは加盟国間の結束、連帯を求める声が高まってきた。マクロン仏大統領は16日の国民向け演説で、「我々は戦争状況下にある」と述べている。

EUが結束して新型コロナに立ち向かうことに成功すれば、難民問題で失った「統合された欧州」を再び掲げることが出来るかもしれない。難民対策で見せたように自国ファーストを優先し、不統一な政策を続けていけば、EUは存続の意義を完全に失い、EUの解体テンポが速まるだろう。

その意味で、新型コロナ対策は単にEU国民を感染から救うだけではなく、共同体としてのEUを救済するチャンスでもあるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。