決められないことを決める技術

米国の年金基金等の機関投資家では、組織の頂点には必ず決定機関が置かれていて、その下に、資産運用の専門家で構成され、最高投資責任者が統括する運用組織があり、投資の実質的な意思決定は、その運用組織のなかでなされる。

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機関は、例えば地方公務員の年金基金であれば、その地方政府の幹部等で構成されていて、専門的知見をもたないわけだから、そこで専門性を要する資産運用の判断を実質的に行うことは不可能であって、むしろ、牽制と統制の機能に徹しているのである。

そもそも機関の合議によって投資の意思決定をすることなど不可能である。機関にできることは、現場において議論が尽くされて事実上の決定がなされた事案について、承認するか、否決するか、その選択をするだけである。そして、事案に重大な瑕疵でもない限り、否決されることは想定されていないのである。

では、否決事由に該当する重大な瑕疵とは、どのようなことか。手続き上の瑕疵は当然のこととして、実質面の判断について何を不適当とするかは、機関構成員としての地位から自然に要求される知見に照らして決せられることで、その判定は常に微妙であり得る。

しかし、日本でありがちなように、決し得ないがゆえに否決したのでは、全ての革新と創造を排除することになり、機関の責任を果たせなくなるのだから、それも許されない。なにしろ、米国の年金基金の場合、機関構成員は法律上のフィデューシャリーとしての重い責任を負うのである。

要は、機関構成員としての地位から自然に要求される知見が全てなのである。その知見に基づく判断の積み重ねによって、時間の推移のなかで社会通念上の基準が明確化してくる、そして、逆に、基準があるからこそ合理的な機関決定ができているということである。

投資に限らず、事業全般において、更には社会一般において、一番いけないことは、決し得ないがゆえに否決することである。決し得ないことを決してこそ、社会は進化するのである。優れた投資の秘訣も、そこにある。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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