新型コロナ感染と北のミサイル発射

長谷川 良

世界は中国武漢市から発生した新型コロナウイルス(covid-19)対策に奔走中だ。新型コロナが発生した当初、「対岸の火事」とみてきたトランプ米統領の米国は現在、世界最大の感染地となっている。一方、欧州でも英仏海峡を挟んで他人事のように暢気に構えてきた英国では、ボリス・ジョンソン首相やハンコック保健相が感染し、自宅隔離されるなど、新型コロナは大陸や為政者の政治信条とは関係なく猛威を発揮している。

世界が新型コロナ対策であたふたしている時、北朝鮮は3月に入り、29日までに4回、さまざまな短距離弾道ミサイル(ロケット砲)を発射し、意気揚々としている。少なくともそのように振る舞っている。北朝鮮は国際社会から孤立した独裁国家と受け取られているが、同国の時計の針は世界の時計とは無関係に回っている、といった印象さえ感じられる。

朝鮮中央通信より

先ず、3月の北のミサイル発射をまとめる。

  • 3月2日 今年初めてミサイルを2発発射、北朝鮮は超大型放射砲という
  • 9日 同じように超大型放射砲を発射した
  • 21日 北朝鮮版ATACMSと呼ばれる戦術的地対地ミサイルを発射
  • 29日 短距離弾道ミサイル(超大型放射砲)を発射、飛行距離は約230キロ、高度は約30キロ

北が今月に入り4回、ミサイルを発射したという事実は何を物語っているのか。

①金正恩労働党委員長は父親・金正日総書記が残した「先軍政治」に凝り固まった指導者。世界が新型コロナ対策に奔走していることを絶好の機会と判断し、ミサイルの性能、威力の向上に腐心。

②トランプ米大統領との米朝首脳会談を再開するための誘い水。

③北朝鮮の国内で新型コロナが感染し、人民軍兵士の中にも感染者、死者が出てきた。その一方、中国からの経済支援は途絶え、兵士を含め国民は厳しい食糧不足下にある。特に、軍内部の意気が沈んできたので、花火を挙げるような気分で、意気消沈した軍に活をいれるためミサイルを発射、等の3つのシナリオが先ず浮かび上がる。

北でも新型コロナが猛威を振るっている。医療水準が低いうえ、医薬品が欠乏し、防御服、消毒剤、マスクなどがないから、一旦、感染が広がれば、瞬く間に全土を席巻していくだろう。

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は既に1月29日、新型コロナウイルスによる肺炎の感染防止を「国家の存亡に関する重大な政治的問題とみなし、政治事業を強化すべきだ」と強調している。それに先立ち、北朝鮮は中国人観光客の入国を禁止し、中国経由で入国する全外国人に対しては1カ月間の隔離と医療観察措置の義務化を決めるなど、新型コロナウイルスの流入阻止に総力を挙げてきた。

そして同紙は3月26日付の記事で、大勢が集まる場所で接触して感染が拡大している外国の状況を踏まえ、サービス提供機関も防疫をおろそかにしてはならないと警告を発している、といった具合だ。

ちなみに、朝鮮中央通信は金正恩氏の実妹、金与正党第1副部長は3月22日、米トランプ大統領が金委員長に親書を送り、米朝関係改善のための構想を説明するとともに新型コロナの防疫で協力する意向があると伝えてきたと報じている。

当方は過去、北朝鮮と新型コロナ感染に関連して、「新型肺炎報道で露呈した北の『実力』」2020年2月1日参考)と「新型肺炎は金正恩氏を哲学者にする」(2020年2月26日参考)の2本のコラムを書いた。特に、後者のコラムでは核兵器保有国入りにまい進する金正恩氏が直径100nm(ナノメートル)の新型コロナの恐ろしさを知って、核兵器保有にまい進する自身に対し懐疑的(哲学的)になっている可能性を示唆した。

金正恩氏が3月に入り、4回、国連安保理決議に反して短距離弾道ミサイルを発射したのは、ひょっとしたら自暴自棄に陥った結果かもしれない。トランプ氏との米朝会議の再開を狙った誘い水といってもトランプ氏は現在、米国内で拡大してきた新型コロナ対策に追われ、36歳の金正恩氏を相手に非現実的な朝鮮半島の非核化について交渉する時間はないだろう。血の同盟国・中国も同様だ。武漢市で発生した新型コロナで失った国際社会でのイメージの回復で忙しく、習近平国家主席も金正恩氏を相手にする時間がないだろう。

一方、米朝首脳会談を大きく報道し、短距離弾道ミサイルを発射する度に大きく報道してきた日米韓メディアは、今回の北の一連のミサイル発射について韓国以外は通信社の配信記事で終わらせている。すなわち、世界の指導者、メディアは新型コロナ問題で忙しく、朝鮮半島の独裁国家・北朝鮮の若き指導者の言動に関心がいかなくなっているわけだ。

金正恩氏は自暴自棄になり、あるいは欝的になっているかもしれない。健康上の問題もあって、金正恩氏はやけっぱちになって暴走に走る危険性すら考えられる。金与正氏への権力移譲説は恣意的なプロパガンダの域を超えないが、金正恩氏が新型コロナ感染拡大後、内外の大きな試練に直面していることは間違いないだろう。

以上から、③のシナリオが現時点では事実に近いのではないか。

朝鮮中央通信は3月21日、最高人民会議(国会に相当)が4月10日に平壌で開かれると報じた。同会議が実際開催されるかどうかは、北朝鮮の新型コロナの感染状況ばかりか、金正恩氏の心身の健康を占う上でも重要なテーマだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。