ロシア海軍で異常事態発生の可能性

鈴木 衛士

防衛省統合幕僚監部の発表によると、3月26日午前11時頃、ロシア海軍太平洋艦隊の旗艦であるスラバ級ミサイル巡洋艦1隻を始めとする、駆逐艦3隻、フリゲート艦2隻、哨戒艦6隻、ミサイル観測支援艦1隻、補給艦2隻、航洋曳船1隻、工作艦1隻、病院船1隻の計18隻が、宗谷海峡を東航してオホーツク海へ進出した。これは、現在稼働中でウラジオストックに所在している太平洋艦隊の大半と言える規模である。

ロシア海軍のスラバ級ミサイル巡洋艦(上)、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦(中)、ウダロイI級駆逐艦(下)=防衛省サイトより:編集部

特に、ロシア海軍の保有艦艇全体の中でもハイバリュー・シップ(重要艦船)である「ミサイル観測支援艦」を含め、これだけ多様な艦種が混在していることも尋常ではない。これは、現在の情勢を鑑みると、新型コロナウイルスに関連してロシア海軍の中で「何らかの緊急事態が発生している」又は「緊急事態が発生する危険がひっ迫している」可能性を窺わせるものである。

マルシャル・ネデリン級ミサイル観測支援艦(防衛省サイトより:編集部)

また、この艦艇群の中に「病院船」が含まれていることは注目に値する。この「病院船」が、単独または補給艦とペアで進出していれば、それはいずれかの地域又は艦船においてクラスター(感染者集団)が発生して医療崩壊状態となり、これら感染者などを収容するための災害派遣という可能性が考えられる。しかし、今回は艦隊主力の戦闘艦艇群が行動を共にしていることから、単なる災害派遣とは考え難い。では、いかなる理由による移動であろうか。

オビ級病院船(防衛省サイトより:編集部)

先ず考えられるのは、太平洋艦隊が所在するウラジオストックで緊急事態が発生しており、このミッションが「エヴァケーション(退避行動)」というものである。つまり、ウラジオストック周辺地域でオーバーシュート(爆発的患者急増)が発生しており、この状況から艦艇群とその乗員である将兵を保全するため、感染が収束するまで「外洋」又は「いずれかの港湾付近」に退避するという目的が考えられる。

他には、例えば欧州方面の北方艦隊又は黒海艦隊などでクラスターが発生し、乗員や艦船などが感染や汚染による被害を受けて戦力の運用に重大な支障をきたしており、「これを補完するためにその方面へ向かっている」という可能性が考えられる。また、以上の事例が(地域)複合的に発生しているということも考えられる。

今回の場合は、この多様な艦艇の種類などから、艦艇群の一時退避と(海軍の運用に支障をきたしている)いずれかの地域への運用支援を兼ねた、複合的な事象への対応ではないかと筆者は推測する。

世界主要国の海軍にとって、このような事象は決して他人事ではない。

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」におけるクラスター発生事案以来、各国の海軍は戦々恐々としていることだろう。つい最近も、米海軍の空母乗組員に感染者が発生したとして米海軍は神経を尖らせている。また、水上艦艇よりも密閉された空間で勤務する潜水艦の運用に与える影響はさらに深刻だと考えられる。もし、潜水艦内で一人でも感染者が発生したならば、その艦はもう任務続行不可能となるだろう。

どこの国も、自国の防衛上の弱点をさらすような情報を積極的には出さない。したがって、各国の(海軍を始めとする)軍隊に、新型コロナウイルスの影響がどれほど及んでいるかというようなことは知る由もない。ましてや、ロシアや中国や北朝鮮などという、国内の情報を厳格に統制している社会主義的独裁国家においてはなおさらである。表向きには、「わが国の軍事活動には何の影響もない」という風を装うに違いない。恐らく、西側諸国とこれらの国家とは、お互いに情報センサーを張り巡らせて相手側のダメージを探ろうと躍起になっていることだろう。

例えば、2月12日の拙稿「なぜ今、中国軍爆撃機による挑発行為は行われたのか?」で述べたような「2月9日の中国空軍の活動」。3月18日の台湾海峡から台湾南方を周回して沖縄・宮古島間を北上した「3隻の中国海軍戦闘艦艇による活動」。また、3月24日に日本海からオホーツク海にかけて、長距離に及ぶ本邦接近飛行を行った「ロシア空軍爆撃機及び援護戦闘機による活動」などは、わが方(自衛隊及び在日米軍)に対する威力偵察を兼ねた示威行動であったものと考えられる。

ちなみに、3月に入って4回にわたり短距離弾道ミサイルを発射した北朝鮮の活動も、今までと取り立てて変わった弾種や発射形態を試みた形跡もなく、試験発射という側面よりは、「新型コロナウイルスはわが国の軍事活動にいかなる影響も与えていない」ということを内外にアピールするための、示威行動が主たる目的であったもの考えられる。

果たして、それぞれの国がこの新型コロナウイルスによって安全保障にどれほどの影響を及ぼしているのか、現時点では不明であるものの、各国とも「全く支障なし」ということは先ずないと考えるのが妥当であろう。恐らく、その国の感染者の数に比例して、何らかのダメージがあるはずである。だからこそ、(発生源である中国はさておき)ロシアや北朝鮮は、感染者数を正確に公表していないのであろう。

このような状況下においては、成熟した軍隊ならば無用な摩擦は避けて暗黙の休戦状態を作為するものなのだが、どうやらわが国周辺には、国防上の不安要素を示威行動で糊塗しようという未熟な国家(軍隊)が存在しているようで、何とも危なっかしい限りである。

幸いなことに、海外出張で感染した1名(帰国後空港からそのまま入院)を除いて、現在まで自衛隊における感染者はいないようである。それぞれの隊員は、自らの感染対策に万全を期して新型コロナウイルスに関わる災害派遣活動に従事する一方で、本来の国防任務である警戒監視や対領空侵犯なども怠らないよう必死の努力をしている。本当に頭が下がる。全ての隊員の努力と熱意にあらためて心より敬意を表したいと切に思う。