ネット上では、安倍首相が新型インフル特措法にもとづく「緊急事態宣言」を出し、小池都知事が東京都でロックダウンをやるという噂が流れている。そういう噂はこれが初めてではないが、今回は専門家会議の中核メンバーである西浦博氏が日本経済新聞で見せたシミュレーションが、いろいろな憶測を呼んでいる。
横軸の「感染拡大の経過日数」がいつを起点にしているのかわからないが、今を起点にすると、4月4日で314人しかいない新規感染者数が、今後30日で毎日6000人に増えるという計算と解釈するのが普通だろう。
指数関数的な感染拡大を想定すると、こういう風になることはおかしくないが、問題はどういう条件でこうなるのかだ。西浦氏は動画で「ドイツ並みの基本再生産数2.5と想定した」といっている。
第1の問題は、それが現実の感染者数の動きとまったく一致しないことだ。専門家会議が推定した3月19日の実効再生産数は全国で1以下で、東京では1.7だった。西浦氏はこういう現実のデータとは無関係に基本再生産数R0=2.5という仮定を置いて計算しているが、一体どこの国の話をしているのだろうか。
重症患者は増えていない
第2の問題は、感染者数は医療資源にとって本質的な制約ではないということだ。PCR検査を増やしたら、陽性者がたくさん見つかるのは当たり前である。4月4日には東京で118人の新規感染者が出たが、このうち医療資源との関係で問題になる重症患者は1人だけ。今後、重症化するとしても、東京都の累計では重症患者は22人である。
ところが東京都の発表によると、入院が必要な人数は817人となり、都が3日までに確保したベッド数の約750人分を上回ったという。都はベッドを900人分まで増やすというが、なぜ22人の重症患者に900人分のベッドが必要なのか。
東京でまず必要な対策は、入院患者を減らし、医療スタッフの対応可能な人数にすることだ。重症患者以外は、自宅待機かホテルで十分である。専門家会議の押谷仁氏もいうように、人工呼吸器などの集中治療には限界がみえているが、欧米のように医療が全面的に崩壊する状況ではない。次の図のように、重症者数は減少傾向にあるからだ。
「80%の接触減」で日本経済は崩壊する
第3の問題は、西浦氏が「80%の接触減」で感染者数が大きく変わると想定していることだ。現実にはロックダウンしている欧米の都市では、感染拡大は止まっていない。日本人の自粛で感染の拡大が止められたというのは神話であり、今の大きな死亡率の差を説明できない。
西浦氏は本来2.5になるはずのR0が自粛などの「接触減」で一時的に下がっていると想定し、それを緩和すると今後、東京で局地的に「オーバーシュート」が起こると予想しているように思われる。その可能性はゼロではないが、メインシナリオではない。
要するにこのシミュレーションは実証データと整合性がなく、パラメータも空想的で、何を具体的に想定しているのかわからないのだ。
本質的な問題は、80%接触減では日本経済は崩壊するということだ。これを実現しようとすれば、交通機関のほぼ全面的な停止が必要になり、ほとんどのサラリーマンは出勤できなくなる。それによって失業・倒産や自殺で死ぬ人の数は、新型コロナの70人をはるかに上回るだろう。
これが緊急事態宣言で想定している状況だとすれば、 日本の現状にはまったくそぐわない。これから感染爆発が起こる危険もあるので、まだ油断してはいけないが、今は日本経済を全面停止させるような状況ではない。