「専門家」が見ることを禁止する数字(西浦モデルの検証④4月19日)

篠田 英朗

4回目の緊急事態宣言の「検証」になる。国際政治学者の私が継続して書いているのは奇異だが、「専門家」がやってくれないので、仕方なくやっている。

渋谷氏(King‘s College, Londonより)西浦氏(POLICY DOORより)

日本のメディアで活躍する「専門家」と言えば、「42万人死ぬ8割減らせ」で有名な西浦博・北大教授/クラスター対策班メンバーや(メディアは専門家会議メンバーとも紹介するが=例:Jcastニュース=、政府公式専門家会議メンバーリストには西浦氏の名前はない)、何週間も前から「日本は感染爆発の初期段階」「日本は手遅れ」「喫緊の感染爆発」を主張し続けている大学教員の渋谷健司「WHO事務局長上級顧問」(日本のメディア用の肩書)あるいは「元WHO職員」(海外メディアではこちらの肩書になる)などばかりが活躍している。

(*なお渋谷氏の正式な現在のWHOの肩書については知人を介して調べてみたが、職員リストにはないので契約コンサルタントか何かではないか、ということ以上はわからなかった。)

それにしてもロンドンの自宅にこもっているだけであるはずの渋谷「WHO事務局長上級顧問」・「元WHO職員」は、どうやって政府統計の10倍の10万人の感染者が日本国内にいる、と把握し、日本のテレビで報告できたのか?すごい調査能力である。

検査少なく氷山の一角 医療機関直接発注こそWHO事務局長上級顧問 渋谷医師が警鐘(しんぶん赤旗)

渋谷氏は、以前は、皇后・雅子様の双子の妹君との離婚と、即座の年下女子アナと電撃再婚で話題を作ったことのある人物である。

雅子さま妹が離婚していた!元義弟は年下女子アナと電撃再婚(女性自身)

今回も、日本のメディアと海外のメディアで肩書を使い分けるなど、切れ味抜群の方のようだ。

私が知っている政治学の分野では、新聞やテレビでこんな発言ばかりしていたら、学者生命が終わるかどうかの瀬戸際になる。渋谷氏はよほどすごい調査をしたのだろう。そうでなければ1億2千万人の人生を左右するようなことを簡単にテレビで主張できるはずがない。学者生命の全てを賭けて、雑誌やテレビで発言している専門家(肩書は変幻自在)には、つくづく感服する。

私のような三流学者は、学者生命を賭けて秘密の調査結果を披露する余裕はない。せっせと公開されている数字を見るくらいしかできない。以下の文章は、それだけのものである。

4月5日時点の「西浦モデル」のここまでを見ると…

さて、前回3回目の検証(4月15日)では、増加率の鈍化の傾向が明晰であったように思えたので、私としては少し踏み込んで、次の段階では徐々に鈍化の傾向が強まるだろうという予測めいたことも書いた。

緊急事態宣言・西浦モデルの検証③(4月15日)1カ月で収束するのか

そこから5日間は、その通りに進んできている。

日本のメディアは、感染者数が少ない日は何だか元気がなく、感染者が多いと興奮を隠しきれず「史上最高の1日の感染者数」と騒ぐ。しかし1日の感染者数を、陸上競技のようにとらえ、最高値が一度出るとそれが公式記録になるかのように考えるのは、間違いである。まず検証すべきは感染拡大のスピードであり、それは1日ごとの絶対数だけを見ていてもわからない。

統計処理をする際には3日移動平均値でグラフを作っていったりする。世界中からチェックされているFinancial TimesのJohn Burn Murdoch氏は週単位の移動平均で統計処理している

たとえば、東京などを見ると検査体制などに曜日によるムラがあるのは織り込み済なので、日本の場合も週単位で見ていくのは理にかなっているように思える。(なお東京のPCR検査数が恣意的に減ったり増えたりしていると主張する方もいらっしゃるが、PCR検査数も週単位で見ると各週の間に大差はない。)

Murdoch氏の「片対数スケール」のグラフでの1日あたり感染者の主要国比較を見てみよう。

水色の線の日本(Japan)のDay 1は3月5日である。日本が3月20日頃から増加のペースを上げたのがはっきりわかる。ただ、それでも欧米諸国が経験したほどではなかった。そして日本の感染者数の増加スピードは、最近になって鈍化し初め、横ばいになり始めている。

安倍首相は、4月7日に緊急事態宣言を発出したが、その際の以下の発言は、4月5日の時点の東京都の感染者数のデータを基にしたものであった。

東京都では感染者の累計が1,000人を超えました。足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており、このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります。

4月19日は、4月5日からちょうど2週間がたったところである。5日で1.3倍のペースにまで落ち、東京都の感染者総数は1万人には到達しなかった…、それどころか、ようやく3,000人を超えたようなところである。これから2週間での8万人到達は、相当に確率が低いように見える。(…おっと、これは学者生命を賭けて「感染爆発」を主張し続けている専門家に禁止されている発言か。)

すでに過去の「検証」で指摘しているように、3月下旬に急速な増加を見せた東京(日本)の感染者は、3月25日小池東京都知事「自粛要請」の効果が見え始めるはずの4月2週目には、増加率の鈍化を示していた。今はさらに緊急事態宣の効果も徐々に加わってくるところである(潜伏期間は14日だが大多数の発症者は感染後5~6日で発症する)。

そのため私は、すでに前回の5日前の4月14日時点の数字を見た「検証」の時点において、合理的な推論としては、今後さらなる増加率の鈍化が見られるだろう、と書けたわけである。

東京で「感染爆発」は起きそうなのか?

あらためて東京の様子を見てみよう(参照:東京都庁新型コロナウイルス対策サイト)。

各週の様子を、最後の累積感染者数(括弧内はその週の新規感染者数)と、一つ前の週と比べたときのそれぞれの増加率を示すと、以下の通りである。

4月13~19日:  3,082人(1,015人): 1.49倍(0.97倍)

4月6~12日:   2,068人(1,036人): 2.00倍(1.72倍)

3月30日~4月5日:1,032人(602人): 2.4倍(2.06倍)

3月23~29日:   430人(292人): 3.11倍(6.08倍)

このように3月下旬に急激に上昇した増加スピードは、3月25日小池都知事「自粛要請」の効果が徐々に出始めるにつれて鈍化し、さらに緊急事態宣言の効果も徐々に加わってきたはずの直近の週でさらなる鈍化を示した。

画期的なのは、1週間の新規感染者数が、前週の新規感染者数を下回ったことだ。これは、特筆すべき注目点である。(…おっと、これは学者生命を賭けて「感染爆発」を主張し続けている専門家に禁止されている発言か。)

同じ様に全国の様子を見てみよう(参照:東洋経済オンライン「新型コロナウイルス国内感染の状況」

4月13~19日:  10,219人(3,603人): 1.54倍(1.05倍)

4月6~12日:   6,616人(3,425人): 2.07倍(2.21倍)

3月30日~4月5日:3,191人(1,544人): 1.93倍(3.52倍)

3月23~29日:   1,647人(438人): 1.62倍(1.73倍)

全国規模では3月25日小池都知事「自粛要請」の影響が小さいが、それでも4月に入ってから増加率の鈍化が見られ、緊急事態宣言の効果が徐々に出ているはずの直近の一週間で顕著な増加率の鈍化が見られる。非常に重要な点だが、週ごとの新規感染者数が1倍程度になっているのは注目点である。

ちなみに、当然だが、累積感染者数は、常に1倍以上である。したがって当面の重要到達地点は、新規感染者数(それぞれのカッコ内の数)の1倍以下だろう。東京ではすでにそれを達成し、全国においてもほぼ達成してきている。

私は、これは国民の努力の結果として、素直に好意的に見ていい数字ではないかと考えている。(…おっと、これは学者生命を賭けて「感染爆発」を主張し続けている専門家に禁止されている発言か。)

さて、安倍首相は、4月7日に次のようにも発言していた。

しかし、専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます。

この目標設定の「2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、」の点だけを見ると、宣言から12日間がたった時点で、かなり着実な緊急事態宣言の効果が表れてきている、と評価できるように思える。東京都は、すでに増加率1以下を達成しているので、あと2日間の平均新規感染者数が180を上回らなければ、緊急事態宣言から2週間後の4月21日に、週移動平均で増加率1倍以下としての「ピークアウト」という安倍首相の目標を達成する。(…おっと、これは学者生命を賭けて「感染爆発」を主張し続けている専門家に禁止されている発言か。)

すでに過去の「検証」で指摘したように、安倍首相の緊急事態宣言会見は、「医療崩壊を防ぐ」という目的の説明で始まっていた。今後、5月6日までの間に、医療体制の拡充と総合して勘案し、どこまで減少させることが「医療崩壊を防ぐ」ことになるのかの査定をすることになるはずだ。

ところが、日本国内の議論は、そのように進んでいない。そして安倍首相の行動は何もかもが失敗続きだという評価が広がっている。なぜだろうか。

「8割削減」のレトリック

実は、西浦教授が、各種メディアを通じて、「8割削減」すれば収束できるというバラ色の未来を語り続けているからである。そのバラ色の西浦教授モデルを達成するには、崖を飛び降りるようなジャンプ急降下があるかどうかが試金石になる。

日本経済新聞より

「欧米に近い外出制限を」 西浦博教授が感染者試算(日本経済新聞 4月3日)

しかし、西浦モデルを現実のものとするのは、大変な試みである。そもそも抽象的なモデル計算上の「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減」という命題を、1億2千万人の1か月の生活にあてはめて計算可能な尺度として運用することは不可能だ。

4月16日に変更された新型コロナウイルス感染症対策本部決定 「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」には、「30日間に急速に収束に向かわせることに成功できたとすれば、数理モデルに基づけば、80% の接触が回避できたと判断される。」(3頁)という記述がある。

要するに、8割削減が収束をもたらすというよりも、収束したら数理モデル上の8割削減があったとみなす、ということなのである。

「国民全体の人と人との接触機会の8割削減」など、計算できるはずがない。抽象的な条件にもとづく架空の想定モデルの中の話だ。だから、収束したら8割削減があったとみなす、としか言えないのである。

どうやって戦争に勝てるかと言えば、勝てる力を持ったときだ。だから勝てる力を持つまで頑張れ。勝てる力を持てば必ず勝てる。という話なのである。

西浦教授が指導する大衆動員運動では、国民が8割の移動の減少を果たしていない、ということを、ひどく問題視する。なぜかと言うと、西浦教授が、「8割減少」による「収束」を情熱的に強く追い求めているからである。

だが、新聞の見出しが与える印象とは異なり、「欧米並みのロックダウン」で、事態を「収束」させた国など、世界に一つもない。中国共産党並みの武漢の激烈ロックダウンで2カ月半かけてようやく収束宣言に至ったが、実際には今現在も感染者は発生し続けているのが実情だ。

それにもかかわらず、西浦教授は、その天才的な洞察力で、世界のどの国も達成できていないことを、日本だけは達成できる、と新聞やSNSなどを通じて啓蒙し続けている。

私も検査技師・保健所を含めた医療関係者の現場の方々への感謝と尊敬心は持っている。、何としても医療崩壊は防ぎたいという政策に全面的に同意し、人並みに自宅にこもっている。しかし、「収束」まで行かなければ、それは国民が努力を怠ったことを意味する、と脅かされると、意気消沈してくる。

このまま専門家の「感染爆発」説に怯え続けなければならないのか

大変に僭越な言い方だが、西浦教授のグラフだけを頼りにして、世界に前例がない課題を達成するのは、私のような一市民にはあまりにも壮大すぎる課題だ。上述のように、「8割削減」の定義は、結果として収束するかどうか、なので、西浦教授は絶対に失敗しない。失敗したら、ただ国民が怠慢を叱責されるだけだ。非常に苦しい取り組みである。

クラスター対策班が最後の1人の感染者を処理し、大々的に収束を宣言する記者会見を行うまで、私はこのまま脅かされ続ける運命なのだろうか。

それにしても、そもそも数字を超えた真実を知る専門家の方々にとっては、増加率が鈍化しているかなどはどうでもいいだけでなく、幻のようなものでしかないのかもしれない。国民は、「まだ42万人死ぬ可能性はある!」「すでに感染爆発は起こっているが日本政府が隠しているだけだ!」と言われ、歩み続ける。

学者生命を賭けて「感染爆発」を主張し続ける渋谷氏のような専門家を、私などあえて否定するつもりはない。学者生命を賭けて「感染爆発」主張し続ける渋谷氏は常に永遠に正しいのなら、渋谷氏が正しいのだろう。

三流学者の私は、ただ単に数字を見てわかることを書くだけだ。

ただ、なぜ、渋谷氏が雑誌やテレビで主張していることは常に絶対に正しいのか、その理由は、私には皆目見当がついていない。