埼玉県の大野元裕知事が、県内の新型コロナウイルス感染者数が5月の大型連休明けに1千人に達するというのが「専門家」の見通しであるのに対して、用意している病床数は計225床なので、自宅療養を含む患者対応について準備している、という説明を記者会見で行ったという。
医療崩壊を避けるためには、感染者数を抑制することと、医療体制を強化することの2つが必要だ。国家全体ではこうした具体的な数字に基づく議論があまりなされていないので、大野知事や大阪の吉村知事がやってきているような説明方法は注目に値する。
地方自治体の努力でこうした目標設定がなされるのは、良いことだと思う。ただ、試算の根拠が示されていないので、3週間にどういう増加の推移があると見込んでいるのかがわからないのは、つまり「専門家」が緊急事態宣言の効果を今どのように見込んでいるのかがわからないのは、残念だ。
すでに何度か書いているが、4月7日の安倍首相緊急事態宣言では、「医療崩壊を防ぐ」という目的と、収束の希望とを語っていた。西浦博教授のモデルにもとづく発言だ。西浦教授は、その後も繰り返し同じ見込みを社会発信し続けている。再生産数2.5というわざと現在の日本よりもかなり高い条件設定で「対策を講じない場合」は「死者は40万人」といったインパクトを狙った見出しと(それにしても「いつまでに」という期間を言わずに絶対数だけを述べることに何か意味があるのだろうか)、「接触8割減なら1か月で収束」というバラ色の未来を示す見出しとを、繰り返し発信し続けている。
恐縮だが、「対策を講じない場合」の計算根拠にしている再生産数2.5は、実際の日本の現状からするとかなり高い設定で、現実に根差した根拠がない。他方、「1カ月で収束」のほうは、あえて計算根拠が示さないまま、世界の実例から見ても類似例が見つからない奇跡的な見通しを示すやり方だ。
社会科学者の私が見ても、あるいは社会科学者の私が見るからなのか、この「専門家」によるムチとニンジンの提示には、疑問、あるいはリスクを感じざるを得ない。
ひょっとしたら、患者を騙してでも、思うように患者を動かすことが正義だ、という考え方が、特に医学界には根強いのだろうか。しかし、国民全体という今回の(潜在的)患者は、それほど愚鈍でも従順でもない。しっかりインフォームド・コンセントをしておかないと、今は無我夢中で進んだとしても、5月6日に大きな試練を迎えることになる。「8割削減」を呼びかけるのはいいのだが、後で「騙したな」ということにならないように、為政者は注意をしておくべきだ。
緊急事態宣言の効果がそろそろ表れるのか?
さて4月7日夜から開始された緊急事態宣言の効力を発してから、1週間がたった。新型コロナの潜伏期間は2週間とされているので、緊急事態宣言の効果が表れるのは2週間たったところだ、とよく言われる。ただし、それはほとんどの感染者が感染から14日後に発症をする、ということを意味しない。4月21日には宣言の効果がないが、4月22日になると見られる、ということではない。
なぜなら、実際の発症者のほとんどは感染から5~6日程度で発症するとされているからだ。したがって今日あたりからの1週間で徐々に緊急事態宣言の効果が表れ始め、22日頃には大枠の様子が見えるようになってくるだろう、と考えるのが、自然である。
その観点から、現時点での様子を覚えておくことは、重要だ。これが「緊急事態宣言が出される前」の状態としての基礎資料となる。これから1週間は、徐々に宣言の効果が出始めてくる時期、と考えるべきなので、その前の様子としては、4月14日あたりの様子が参考になるはずだ。
さて4月7日に安倍首相は、東京都では5日間で累積感染者が倍増している、と発言した。4月14日の感染者数は、5日前間で1.5倍になった数字である。これを対象とする曜日による差異をなくすために週単位で見てみよう。4月7日の東京都の累積感染者数は、1,194人であった。したがって一週間で1.94倍のペースである。
ちなみに4月7日の数字と3月31日の数字を比べてみると、当時の増加率が2.29倍であったことがわかる。これを一週間ごとの新規感染者で比べてみると、4月8日~14日の週の新規感染者数はその前の週の1.67倍、4月1日~4月7日の週の新規感染者数はその前の週の1.92倍、3月24日~3月31日の週の新規感染者数はその前の週の5.07倍であった。
すでにこれまでの「検証」で指摘しているように、東京では3月25日小池東京都知事の「自粛要請」の効果に見る増加率の減少が確認できる。その前の時期は非常に高かった。現在の東京が「5日間で倍増」のペースで進んでいないのは、緊急事態宣言より前の措置の効果によるものである。
全国的な傾向を見てみよう。4月14日の時点での全国の累積感染者数を8,060人とすると、これは1週間で1.74倍になった数字である(1週間の新規感染者数を比較すると1.46倍)。4月7日の時点では、1週間で2.02倍になったペースだった(1週間の新規感染者数は2.20倍)。
ちなみに3月31日の時点では、1一週間で1.86倍になるペースであった(一週間の新規感染者数は3.15倍)。東京を以外の地域の各週の新規感染者数は、4月14日までの週が1.38倍、その前が2.33倍、さらにその前が2.66倍だったので、一貫した増加率の鈍化が見られる。
私は3月25日小池東京都知事の「自粛要請」で日本はいわば第1段階ロックアウトとしての部分的な人の移動の制限措置を取る段階に至ったと考えるべきだ、と言ってきている。現在の非常事態宣言状態は、いわば第2段階ロックアウトで、対象地域と対象業種を広げたものと考えるべきである。もし第1段階にもそれなりの効果が見られた。
しかし逆に言うと、第2段階の導入は、いきなり一夜にして世界がひっくり返るような事態ではない。合理的な推論としては、第1段階より進んだ効果が見られるだろう。しかし、ウイルスが日本列島から消滅するような「1カ月で収束」を語れるようなものであるかどうかは疑わしいと感じざるを得ない。
「外出自粛、22年まで必要」 米ハーバード大が予測(朝日新聞デジタル)
制限を緩め始めたオーストリアでは何が起きているか
欧州諸国は日本より強力なロックダウン措置をとり、一部識者の羨望を集めている。ロックダウン措置から1カ月がたってきて一部諸国では緩和措置が導入され始めている。外国渡航も限定的に認め始めたとされるオーストリアの事例を見てみよう。人口880万人程度で、1万4千人以上の感染者と324人の死者を出している国だ。
1日の新規感染者は4月13日にようやく100人を割っただけで、4月14日時点で185人というところだ。人口比を考えると、東京都で300人近い数に相当する新規感染者である。ただ1日あたりの新規感染者数の増加がほぼ止まった、という理由で、ロックダウンが緩和化され始めるのである。
オーストリアでは、3月16日から制限措置をとってから1か月がたっている。社会機能及び人々の精神生活の維持のために、緩和が必要だし、可能ではある、という政治判断だろう。この判断にはリスクもあるわけだが、何よりも国民の理解を得て政策を進めていくことが大切だ。その都度、国民が「騙されていない」という意識を持つことが大切だ。
もしオーストリア政府が3月16日に「4月15日までに感染は収束します」と約束していたら、「ちょっと計算を間違えたので部分緩和だけにしておきます」という言葉は、ひどく無責任なものに聞こえてしまうだろう。あるいは「上手くいかなかったのは国民が怠慢だったからだ」と国民に責め始めたら、国民は裏切られたと思って怒りの声をあげたり、「これ以上は無理だ」と焦燥感にかられたりするだろう。
日本の政治家は何をしているのか
西浦教授について、私は、3月23日に「今、日本において、西浦教授ほど重要な人物は他にいないのではないか。私が政治家なら、即座に巨額の研究資金を西浦教授に預けるために奔走する。」と書いた。
大変に申し訳ないが、4月9日には「私の期待は外れた」と書いた。
西浦教授は、今や時の人で連日マスコミに登場し、自らを「8割おじさん」と呼んでSNS発信にも余念がない社会活動家のような方になってしまった。おかげで熱烈なファンとあわせて、不当な誹謗中傷の対象にもなっている。
4月10日の会見で、WHOは、日本のクラスター班の発見で「患者の5人に1人からしか、他人には感染していないことが分かった」ことを称賛した。この日本のクラスター班の大発見、つまり感染者(発症者)全員が等しく感染を広げるのではなく、クラスター化した感染が大規模感染をもたらすという発見があって、日本は「三密の回避」という強力な国民意識変容のためのメッセージを得ることができた。西浦教授らの巨大な功績だ。
この稀有な「専門家」を「8割おじさん」の広報係として奔走させ、あとは曖昧模糊としたことだけを呟いている政治家たちは、いったい何をしているのか。
いずれにせよ4月22日、5月6日と、政治判断を求められる時期が段階的に訪れてくる。日本国民も疲弊してきている。甘く見ると大変なことになる。