家賃支払いモラトリアム法案のアップデートです

松田 公太

緊急事態宣言で休業中の飲食店(編集部撮影)

外食産業が1社でも多く新型コロナウイルス感染症の渦から生き残る為に最大の問題となっているのが賃料です。
4月3日に他国の取り組みを例にあげて「賃料支払いの猶予」を提言してみましたが(Twitter、FB等)、反応が薄かった為、4月10日の夜中に眠い目を擦りながら法案のコンセプトをブログに書いてみました。

アゴラ(新田編集長)がそれを転載して下さったことも切っ掛けとなり、それに対する反響が急激に大きくなっていきました。

すると、対抗案のように、4月17日に国土交通省から以下の「テナント支援策」が発表されたのです。

家賃の支払い猶予促す、国交省 テナント支援策発表(日本経済新聞)

国土交通省は17日、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で家賃負担が重くなっているテナントへの支援策をまとめた。家賃の支払い猶予や免除に応じたビル所有者に対して、税金や社会保険料の納付を1年間猶予する。ビル所有者の負担軽減を通じてテナントの資金繰りを支援する。

同日付で不動産関係団体に通知した。政府は収入が急減した企業を対象に国税、地方税、社会保険料の納付を1年間猶予する特例を設ける予定だ。国交省は通知で、ビル所有者がテナントの賃料支払いを猶予・減免したことで収入が減少した場合も特例の対象になる見込みだとした。前年同期比でおおむね20%以上の収入減が要件となる。

固定資産税や都市計画税の減免措置も、テナントの賃料支払いの猶予・減免で収入が急減した場合は対象になる。今年2~10月で3カ月間の収入が前年同期比30~50%未満減った場合は半分、50%以上減った場合は全額を免除する。

通知ではビル賃貸事業者がテナントに対して賃料を減額した際の損金算入について、個人のビル所有者も適用されるとした。既に減額された賃料についても、遡って損金算入の措置が適用されることも明記した。

この支援策に対する他の新聞やテレビの取り上げ方も概ね「賃料の支払いに苦しむテナントのために」という感じでした。この報道を受けて、私は知り合いから「良かったね。政府が十分に動いてくれているね」という連絡までもらったほどです。

実際はどうか見てみましょう。

現在の政府の支援策①

家賃の減免に対して:
A 法人税、地方税、社会保険料の納付猶予
B 固定資産税、都市計画税の減免
C免除による損害額の損金算入

(これは従前通りで、不動産オーナー以外でも減収すれば受けられる制度)

現在の政府の支援策②

家賃の猶予に対して(これが新しい部分):
A 法人税、地方税、社会保険料の納付猶予
B 固定資産税、都市計画税の減免

(猶予で固定資産税と都市計画税を減免されるのは、不動産オーナーにとっては良い話し。詳細は未定)

では、この2つの支援策で不動産オーナーにとってはどんなメリットがあるか見てみましょう。

例:
– 築5年、初期投資5億円(土地2.5億円・建物2.5億円)のビル
– 入居テナント3社
– 家賃は1社から100万円/月(普通は一階が1番高くなりますが、ここは分かりやすくする為に丸めました)

この例の場合、ビルオーナーの収入は2690万円となります。
【年間家賃収入3600万円-年間経費360万円-固定資産税・都市計画税550万=2690万円 (実質利回り5.4%)】

もしオーナーが3ヶ月間、テナント3社の家賃を半額にしたら収入がそこから450万円減ってしまいます。【100万円×3社×3ヶ月/2】

しかし、それによって、固定資産税+都市計画税の550万円が免除されることになるのです!

テナント側は3ヶ月間だけ家賃を半額にしてもらっても、12ヶ月でならせば12.5%減にしかなりません。なぜ12ヶ月でならすかと言うと、私たち外食産業は、この厳しい状況が3ヶ月で終わるとは思っていないからです。新型コロナのワクチンが完成するまで18ヶ月はかかると言われていますし(それまでは自粛が続くでしょう)、水際対策も全ての国に対して一斉に解除されてるわけではなく、インバウンドも急に戻ってくるとは思えません。

つまり、この例で言うと、100万円/月の家賃が、87.5万円/月になっても、売上が60%マイナス、50%マイナスに落ち込んだままなら、焼け石に水でしか無いのです。

しかし、不動産オーナーは、3ヶ月間の家賃を半額にしただけでお得な固定資産税+都市計画税の550万円全額免除が受けられるので、もうそれ以上は下げようというモチベーションも出ないでしょう。

モラトリアム法案に対する対抗馬(?)として出てきた支援策②はもっと最悪で、猶予さえしてあげれば、同じように固定資産税+都市計画税を減免してもらえるそうです。猶予ですから、数ヶ月後にはテナントに全額払わせることができます。つまり、自分の懐は痛まずに、550万円も得をしてしまうのです(痛むとしたら銀行借入が必要な場合の金利ぐらいです。【450万円×2%÷12×3ヶ月=約2万円の金利】

つまり、新しい猶予の支援策が出てきたことによって、更に得するのは不動産オーナーで、本当は猶予よりも家賃を減額してもらいたいテナントにとっては逆に交渉がやりづらくなってしまうのです。

そして、根本的なことですが、支援策①も支援策②も、交渉の主導権は家主側に残ったままです。あくまでも国土交通省からの「要請」に過ぎませんから、交渉したくなければ、する必要もないのです。

飲食店経営者の仲間たちと記者会見した松田氏(右、NHKニュースより編集部引用)

だいぶ細かい上に、長くなってきてしまいました。
ここからはなるべく簡潔に我々『外食産業の声』が提言する「家賃支払いモラトリアム(猶予)法案」の基本的なポイントだけをご紹介します。

まず、大前提として、少なくとも個人事業主〜中堅企業までは、ある程度の補償が必要だと考えています。ベンチャーを立ち上げ、自由競争原理のど真ん中で闘ってきた私は通常「金をくれ」とは言いませんし、考えた事もありません。しかし、今は仲間の事も考えて言わざるを得ません。それは、今の状況が「異常」だからです。緊急事態宣言の必要性は分かりますが、同時に政府によって非常に中途半端な状況に追い込まれているのです。実質、休業を指示されているような中では、それに応じたサポートが必要になってきます。

但し、安倍総理をはじめ、閣僚の皆さんも「補償はしない」と言い切っています。
私はこの状態があと2ヶ月も続けば、一気に倒産、廃業、そして失業率が上がり、政府も慌てて補償を出してくるだろうと予測しています。

しかし、それでは多くの飲食業が犠牲になった後になります。今の雇用調整助成金や制度融資にも期待できません。少なすぎるし、遅すぎるからです。会社が倒産した後にお金が100万円、200万円振り込まれても遅いのです。

よって、この法案はスピード重視で、与野党連携の議員立法をしてもらい、早急に家賃を肩代わりできる体制まで作ってもらいたいと思っています。

銀行員をやっていた経験から知っていますが、融資にとって最も重要な点の一つは「使途」です。テナントがどうしても家賃を払えない(また、それに対して不動産オーナーも協力しきれない)という状態に陥った場合は、政府系金融機関が家賃を直接不動産オーナーに振り込む仕組みですから、使途は明確におさえられます。

それでは、基本的な法案のポイントです。

まずは何とかテナントと不動産オーナー(オーナー)で協力しあってほしいという観点から、オーナーにテナントとの話し合いに応じることを義務化します。これに関しては、罰則規定を明確にするべきです。そして、オーナーには家賃の減免交渉にもしっかり向き合ってもらいます。

しかし、オーナーが銀行借入の問題等で減免も猶予もどうしても困難な場合は、テナントとオーナーの「合同」で政府系金融機関に家賃の立て替え払いを申請します(その際にテナント、オーナー両サイドから決算書類を提出)。審査手続き終了後、速かに金融機関が不動産オーナーに直接家賃を支払います。賃料支払いが遅くても、オーナーは合同で申請しているので、「一緒に待つ」ことになります。もちろん延滞金は発生しません。

そして出口のイメージですが、その分割返済については基本的に1年後までに開始(返済期間等はその時に明確化)。政府系金融機関はテナントに対して求償権を持ちますが、それまでに別途の「補償(給付金でも協力金でも)」が決まれば、いつでも繰入返済が可能になります。1年後までに環境が改善していない場合は、リスケにも応じることとします。但し、その際は、引き続きオーナー側にも決算書類の提出と共に、話し合いに参加してもらうことを義務化します。

如何でしょうか?
非常に簡潔に説明しましたが、皆さんにもイメージはついたでしょうか?

やはり最も重要なのは、テナントとオーナーが一体となってこの危機を乗り越えることです。
是非、その為にも国会議員の皆様にはこのポイントを取り入れて頂いて、早急に立法して頂きたいと思います。
4月末、5月末と時間が掛かればかかる程、借金を背負って路頭に迷う経営者が増え、失業者が増え、経済は過去に類を見ないほどのスピードで悪化し、多様な日本の食文化も壊滅的なダメージを受けることになるのです。

(昨日の記者会見の様子や「外食産業の声」の活動につきましては、後日UPします)


編集部より:この記事は、タリーズコーヒージャパン創業者、元参議院議員の松田公太氏のオフィシャルブログ 2020年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は松田公太オフィシャルブログをご覧ください。