Winny栄光なき天才:金子勇の悲劇を繰り返さないために(上)

「『Winny天才プログラマー金子勇との7年半』を読む」を5回にわたって連載した(参照:)。以下、執筆しながら思いついた金子氏の悲劇を繰り返さないための提言を紹介する。

NHKスペシャルより

提言1 :取り調べに弁護人の立会いを義務づける 

取り調べの際の被疑者の権利の日米比較

連載②で米国では被疑者の取り調べの際、尋問の前にミランダ警告とよばれる以下の4項目からなる告知をしなければならないと紹介した

  1. 黙秘する権利があること
  2. 供述すれば不利益な証拠となりうること
  3. 弁護人の立会いを求める権利があること
  4. 弁護人を依頼する資力がなければ(公費で)弁護人を付してもらうことができること

これらの権利の告知義務については日本の刑事訴訟法にも以下の定めがある。

1. の黙秘権については第198条2項が以下のように定める。

第198条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。(後略)

2 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

2. の「供述すれば不利益な証拠となりうること」についても、アメリカほど具体的な文言ではないが、上記198条2項でカバーされていると解釈できる。

弁護人についても第203条が以下のように定める。

第203条 司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。

(中略)

4 司法警察員は、第1項の規定により弁護人を選任することができる旨を告げるに当たつては、被疑者に対し、引き続き勾留を請求された場合において貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは裁判官に対して弁護人の選任を請求することができる旨・・・を教示しなければならない。

日本にない弁護人の立ち会いを求める権利

4. の公選弁護人については4項で告知が義務づけられている。問題は3. の弁護人の立ち会いを求める権利で、1項は弁護人を選任する権利の告知を義務づけているが、弁護人の立ち会いを求める権利の告知までは義務付けていない。そもそも弁護人の立ち会いを求める権利が認められていないので、告知義務もないわけである。

連載②で紹介したように金子氏は、検察の作文した虚偽の自白に署名させられた。

彼は12日に勾留質問で裁判所に行ったところ、 著作権侵害 を蔓延する目的でWinnyを作ったという点について否定したのである。

著作権侵害蔓延目的ではない。それは真実そのままなので、彼が裁判所でそう答えたのは当然である。しかし、その報告を聞いて慌てたのは著作権侵害目的で「自白を取れた!」と思い込んでいた検察官である。 その日の夜に警察まで行って、「裁判所での発言は嘘です、弁護士に入れ知恵されたのでそう言ったのです」という調書を作文して、署名を迫って金子に署名させたのである。

弁護人が立ち会っていれば、被疑者に虚偽の自白をさせるようなことはさせないし、そもそも当局も自ら作文した調書に署名を迫るようなことはしないはずなので、こうした違法な証拠収集はチェックできたはずである。

連載②のとおり、ゴーン夫人も以下のように指摘している。

毎日何時間も、検察官は弁護士が立ち会わない中で、なんとか自供を引き出すために、彼を取り調べし、脅し、説教し、叱責(しっせき)している。

連載⑤で紹介したとおり、最高裁判決も検察の暴走を戒めている。

本件において,権利者等からの被告人への警告,社会一般のファイル共有ソフト提供者に対する表立った警鐘もない段階で,法執行機関が捜査に着手し,告訴を得て強制捜査に臨み,著作権侵害をまん延させる目的での提供という前提での起訴に当たったことは,・・・性急に過ぎたとの感を否めない。

その後も後を絶たない自白強要によるえん罪事件

ところが、自白強要によるえん罪事件はその後も後を絶たない。

2012年に起きたパソコン遠隔操作事件では、他人のパソコンを遠隔操作し、犯罪予告のメールを送付した真犯人が名乗り出るまでに、警察はパソコンを乗っ取られてメール送付した4人を誤認逮捕、うち2人は犯行していないのに自白させられたあげく、逮捕された(参照:宮武嶺氏のブログ「PC遠隔操作なりすましウィルス事件は自白強要による冤罪が問題だ」)。

厚生労働省の村木厚子元事務次官が局長時代に逮捕されて164日勾留され、2012年に無罪が確定した郵便不正事件では、村木さんが事件にかかわったとする供述調書にサインした当時の上司や部下が、裁判で検事の作文だったと証言するなど検察の事件捏造が問題となった。

村木厚子氏(ANNニュースより)

村木氏は、日本弁護士連合会「弁護人の援助を受ける権利の確立を求める宣言-取調べへの立会いが刑事司法を変える」で次のように主張する。

弁護人の立会いについてでございますが、私も取調べを20日間受けて、これは、取調べというのは、リングにアマチュアのボクサーとプロのボクサーが上がって試合をする、レフェリーもいないしセコンドも付いていないというふうな思いがいたしました。いろいろな改革の方法はあるでしょうけれども、せめてセコンドが付いていただけるというだけでも、ずいぶんまともな形になるのではないかというふうに思いますので、弁護人の立会いは大変重要だと思います。

法律には詳しいエリート官僚ですらそうなのだから、連載②のとおり、「天下の警察・検察が署名しろって言ったから、まぁ、そういうものかと思ったんですよ。・・・」と捜査当局に全幅の信頼を寄せている金子氏から虚偽の自白を取って、署名させることは朝飯前だったと思われる。

法務省資料「諸外国の刑事司法制度(概要)」によれば、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、韓国では認められている、取り調べに際して弁護人の立ち会いを認める権利を早急に導入すべきである。