抗原検査を誇る日本の科学と行政は大丈夫か?

承認された抗原検査キット(富士レビオ社プレスリリースより)

抗原検査薬が承認され、総理大臣が日本初の検査法が開発されたと胸を張る。いったい、この国の科学と行政はどうなってしまったのか?検査試薬の添付文書には下記のように記載されていた。

(1)国内臨床検体を用いた相関性

国内臨床検体を用いたRT-PCR法との試験成績 ( n=72) は、陰性一致率98% (44/45例)、陽性一致率37%(10/27例)でした。 陽性検体についての陽性一致率を、RT-PCR法テスト試料中の換算RNAコピー数に応じて比較すると、100コピー/テスト以上の検体に対して一致率83%(5/6例)、30コピー/テスト以上の検体に対して一致率50% (6/12例 ) でした。

(2)行政検査検体を用いた試験

行政検査検体を用いたRT-PCR法との試験成績(n=124)は、陽性一致率66.7%(16/24例)、陰性一致率100%(100例/100例)、全体一致率94%(116例/124例)でした。陽性検体についての陽性一致率を、RT-PCR法テスト試料中の換算RNAコピー数に応じて比較すると、1,600コピー/テスト以上の検体に対して一致率100% (12/12例)、400コピー/テスト以上の検体に対して一致率93%(14/15例)、100コピー/テスト以上の検体に対して一致率83%(15/18例)でした。但し、本検体群はRT-PCR法で用いた試料液(予めスワブがウイルス輸送液に浸されている)を使用しております。

前者は72症例を調べたところ、PCR検査陽性の27例で37%の10例が抗原検査で陽性であった。72例の検査で27例が陽性、すなわち陽性率が37.5%である。PCR検査で30コピー以上100コピー未満の陽性者は6例中1例、100コピー未満では21例中5例が陽性に過ぎない。

(2)では124例で24例が陽性で、陽性率が19.3%。そして、24例の陽性ケースで、抗原検査で16例、3分の2がPCR検査と一致したに過ぎない。両者を合わせても、51例のPCR検査陽性例で、抗原検査が陽性となったケースは26例であるので、PCR陽性者に占める検出率は約50%である。

コロナウイルスはインフルエンザウイルスに比べてウイルス産生量が100分の1程度だそうなので、抗原の検出感度は低いし、他国では抗原検査を、スクリーニング検査として利用していない。

上記の添付説明書を要約すると、「感染が進んでウイルス排出量が多い場合にだけ、判定できます」ということだ。添付文書によると、PCR検査による判定でウイルスコピー数が少ない場合(100コピー未満の場合)、合計27(21+6)例中の抗原検査検出数は4+1例の5例だけで、18.5%しか検出できないことになる。

東京都や大阪府が、陽性率が低くなってきたことで感染の拡大が抑えられていると言っている。もし、陽性率が5%の条件で抗原検査を用いた場合、どのような状況が生ずるのか、PCR検査数がどの程度軽減されるのか、シミュレーションしてみよう。

検査対象が、1万人としよう。陽性率が5%だと、陽性者は500人で、陰性者は9500人だ。500人の陽性者のうち250人は抗原検査で検出され、直ちにコロナ感染と確定診断されるので、PCR検査が進まない日本では、この観点において利点はある。

しかし、抗原検査で陰性の場合、PCR検査で確認する必要があるので、結局10,000人中、9,750人はPCR検査を受けなければならない。5%の陽性率でのコロナウイルススクリーニングを想定しているなら、PCR検査数の軽減にはわずか2.5%しか貢献しない。欧米で抗原検査をしない理由は明白だ。PCR検査でスクリーニングする方がより確実だからだ。

今後の対策を考えるなら、自動化を含めたPCR検査体制の整備は不可欠である。国策としてのコロナ対策を科学的に考えれば、抗原検査で日本の体制を誇ることができる状況ではないのだ。結局は、PCR検査の拡充をさらに進めない限り、感染症対策は不十分なままだ。

PCR検査を絞って、患者数を見かけ上だけ少なく見せ、そして、この方針を誤りだったと認めるごとができない。さらに、抗原検査で置き換えることができるかのような目くらまし戦法をとろうとしている。この国から科学だけでなく、正義も失われている。9年前の悪夢がよみがえる。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。