コロナ禍で見る「普遍性」と「特異性」 

日本の新型コロナウイルスで感染者数、死者数が人口比で圧倒的に少ないという事実に対し、欧米の専門家、政治家はその成功談に関心を寄せ出しているが、これまでのところ決定打は見つかっていない。欧米だけではない、日本国内でも安倍晋三首相が言う「日本モデル」について、誰でも納得できる説明を明らかにした専門家、政治家はいない。ただ、麻生太郎副総理が「日本人の民度の違いだ」と語っただけだ。

ところで、欧州でも英国とドイツの新型コロナ感染で「英国では多くの死者が出ているのに、なぜドイツでは少ないのか」といった問いかけが専門家から出てきている。

ウイルス専門家から評価の高いメルケル独首相の新型コロナ対策(駐日ドイツ大使館・総領事館公式サイトから)

米ジョンズ・ホプキンス大学集計(5日現在)によると、英国の新型コロナ死者数は4万261人で、4万人をついに突破、人口10万人当たりの死者数は60人だ。それに対し、ドイツでは死者数9000人で人口比で10人だ。英独両国の死者数は人口比で6倍の違いがある。専門家でなくても「どうしてか?」と首を傾げたくなる。ちなみに、英国は人口比では84人のベルギーに次いで欧州では高い数字だ。

英独両国の新型コロナ感染での違いについて、英国の神経学者が新しい説を主張して、関心を呼んでいる。新型コロナ感染状況を数式を利用して計算した英国の神経学者カール・フィルストン教授は、「新型コロナの感染問題でこれまで理解されてこなかった事実がある。それは免疫を有する暗黒物質(Immunologische “Dunkle Materie”)が存在することだ。この存在が英独両国の新型コロナの死者数の違いとなって表れている」というのだ。

フィルストン教授は英紙ガ―ディアンとのインタビューの中で、「免疫を有する暗黒物質」の存在を主張している。教授は、「それは存在し、その影響は明らかだが、これまで解明されずにきたもの」という。それによると、英国とドイツでは人口密度、人口の年齢層、感染リスクグループなどはよく似ているが、両国の新型コロナ感染状況は異なっている。その違いのカギを握っているのが「免疫を有する暗黒物質」というわけだ。

教授は、「ドイツで新型コロナの犠牲者が少ない理由はいろいろな説明が可能だが、ドイツ国民には免疫を有する暗黒物質が英国人以上に存在する可能性が考えられる」というのだ。暗黒物質はウイルスの接近を阻み、孤立した状況で存在し、ある種の自然なレジリエンス(治癒力)を有している。自然科学ではそれをメンタルレジリエンスと呼び、危機を克服できる能力を意味する」というのだ。

教授の「免疫を有する暗黒物質」は宇宙の総質量の約85%を占める正体不明の暗黒物質と酷似している。存在し、大きな影響を有しているが、その全容は不明な存在だ。教授によれば、新型コロナの感染が世界的に大流行している中で、国によって感染状況が異なるのは、その存在の有無に関係するというわけだ。

英学者の説について、ドイツでは反論の声が高まっている。ドイツのウイルス学者メラニー・ブリンクマン氏は、「暗黒物質説は我々がこれまで知らず、説明できないものが存在するといいたいだけだ。その主張は間違っていないが、それだけだ。ドイツが新型コロナ対策で一定の成果を収めたのは、早期検査の実施と迅速な対応の結果だと、私は受け取っている」という。ドイツでは「ドイツの保健体制がいいからだ」という声が強く、「免疫を有する暗黒物質」説には懐疑的だ。

当方はウイルス専門家でもないから、フィルストン教授の説の是非は分からないが、表現こそ異なるものの、麻生副総理の「日本人の民度の違い」という話の内容と案外似ているのではないだろうか。

国家、民族のレジリエンスは一律ではないから、感染状況が異なるのはある意味で当然かもしれない。学者は普遍的な方程式、傾向を好んで模索するが、普遍性ではない、民族特有性にはどうしても懐疑的になりやすいのではないか。新型コロナ感染でも「普遍性」と「特異性」両面からアプローチする必要があるだろう。

「日本モデル」や「暗躍物質」の解明は新型コロナ感染の第2波、第3波を前に緊急課題となってきている。民族の特異性が解明できれば、それを応用して普遍性のある治療法が開発できるからだ。

蛇足だが、新型コロナ問題への対応では当初からジョンソン英首相とメルケル独首相は異なっていたことも事実だ。自身が感染する前、ジョンソン首相は新型コロナの恐ろしさを過小評価していたが、メルケル首相は大学時代に物理学を学んできた理科系政治家だけに、「ドイツの政治家の中でメルケル首相はウイルス問題を最も良く理解している」とウイルス専門家が評価するほどだった。

一国の指導者の新型コロナへの理解度の違いも、その後の国民の感染状況に大きく反映するとみて間違いないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。