斯界の泰斗によるトランプ批判寄稿に書かれていないこと

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14日の読売「地球を読む」に田中明彦政策研究大学院大学長が寄稿した、「『軍投入』民主主義の危機」と題する記事を読み、筆者は大いに驚いた。というのも、著名な国際政治学者の文章にしては、トランプ大統領への否定的な記事ばかりが溢れ、肯定的とみられる記述が皆無だったからだ。

記事はトランプの「特異さは今に始まったことではない」と始まり、5月末に白人警官が黒人男性を圧殺して起きた大規模デモに対し、トランプが「圧倒的多数の平和的な抗議運動参加者」を前に、街を占拠しようとする「無政府主義者を支配せよ」と各州知事に叫ぶ言動は「異様」と続く。

以降、トランプの「異様な言動」が列挙される。

  • 聖書片手に教会前に立つために平和的な抗議者を催涙弾で追い払い、制服組トップを付き合せた
  • 州兵のみでは効果がないと思ったのか、鎮圧できないなら連邦軍を投入するとまで発言した
  • 実際、首都ワシントン郊外には連邦軍部隊を待機させた
  • 失業率のわずかばかりの改善(4月7%→5月13.3%)を誇張しつつ、事件で死亡した黒人男性も天国で喜んでいるなどとコメントした

そして「最も深刻なのは、国内対策として連邦軍の投入を大統領が示唆したこと」とする。米国の民主主義の安定は「賢明な為政者が常に決定の座にあるとは限らない」と認識し、「抑制と均衡」の仕組みを設けた結果であり、トランプのような人物が「決定の座」にいても民主主義は機能していると手厳しい。

また「政治が軍を利用し、軍が政治に介入するとき、民主主義は存亡の危機に立つ」とし、トランプの発言は、「米軍幹部にとって恐怖すべきこと」だったことが、エスパー長官の「反乱法を適用する段階でない」発言やマティス元国防長官のトランプ批判に表れているとする。

世論調査の結果もトランプに不利に動き、3月に66%あった白人の支持が今は47%に上がったとの米紙記事を引用した後、「ウイルスと不況と人種差別という三重苦」よりも「米国社会にとって脅威なのは合衆国大統領その人なのである」と述べて、結ばれている。

読み終えて筆者は嘆息した。なるほど田中氏がお書きのことは、結びを除けば、多くは報道されている事実だ。だが、田中氏が書いておられないことも沢山ある。

例えば、知事の責務たる州の治安維持は警察が負い、その手に余れば知事が州兵を出動させる。しかし連邦直轄特別区のワシントンD.C.に州兵はいない。もしも首都警察の手に負えない事態が出来すれば、連邦軍に頼らざるを得まい。だからトランプは連邦軍を配置した。

「反乱」に治安維持目的で連邦軍を使うことは、田中氏もお書きの通り過去に例があり憲法違反でない。田中氏自身「鎮圧できないなら」としているように、今回のトランプ発言もそれを前提条件にしている。過激な暴力や略奪をテロと見做すとき、その鎮圧に止むを得ず軍を使うのは政治への介入だろうか。

世論調査では3日のロイターが、抗議活動や暴動の取り締まりへの軍隊の出動に、58%が賛成していて反対は30%、政党支持者別では、共和党支持者の77%が賛成、民主党支持者でも48%が賛成、無党派層も52%が賛成だったと報じた調査結果もある。

これらを拙稿に書いたので、異論があるなあ、と思っていたら、15日のFOX Newsにそれを代弁する記事が載った。Left silences silent majority – but watch for this in November(左派はサイレントマジョリティを黙らせているが、11月に目にもの見せる)」とのリズ・ピーク女史の記事だ。

論旨は表題の通りで、トランプがコロナや経済で上手くやれなくても、「私たちの都市、私たちの警官、私たちの公共の記念碑への攻撃が続く場合、トランプは11月にサイレントマジョリティの支持を得る。彼らはその声を聞かせるはず」と結論する。

例えばCNNのアンカーの、「デモの参加者が平和的である必要はない」発言に対する世論調査で、賛同は22%に過ぎず、「強く同意しなかった」58%を含めて72%が同意しなかったとする。なるほどトランプは、平和的な抗議活動は規制しないが、暴力行為や略奪は取り締まる旨を述べている。

また、警察による黒人男性圧殺に対する平和的な抗議行動が「適切な対応」であることには82%が同意するものの、左派が唱える「警察予算の打ち切り(Defund the Police)」には、イプソス社の世論調査では64%が反対していると書く。

「Defund the Police」に関しては、圧死事件を酷い話だとし「完璧な訓練と最高の装備を」と述べていたトランプは、拘束手法や武力行使の指針に関する追加研修などを含む警察改革の大統領令に署名した。バイデンは「警察が連邦政府の資金を得るためには特定の基準を満たす必要がある」と述べた(参照:Bloomberg)。

リズ女史は「Black Lives Matter(黒人の命が大事)」について、サイレントマジョリティは黒人大統領を2回選んだ国が人種差別国とは思わないし、キング牧師の生誕を祝う国は人種差別国でないと考えている。重要なのは彼らが自分の心の中に人種差別を見出していないことだ、と書いた。

FOX Newsは14日、3月4日から5月末までのABC、CBS、NBCの夜のニュースのトランプ報道は94%が否定的で、トランプに関する474件のコメントうち445件が否定的だったが、バイデンの方は85件中51件が否定的だったとするメディア調査のRich Noyes氏の報告を載せた。

日本のオールドメディアを彷彿させる。テレ朝やTBSや朝日だけに接している者が反安倍になるのと同じ構図か。ここ3年以上、反安倍勢力が次々立てる火のない所からの煙に悩まされる安倍総理だが、選挙は常勝。盟友トランプも、やることなすことメディアに批判され同じ憂き目を見ている。

だが例えばトランプの対中国政策、それは貿易不均衡やコロナ禍や人権問題への対応として表に出ているが、実は中国の全体主義・覇権主義との戦いだ。これに米国は超党派で、そしてファイブアイズで取り組む。が、国際政治学者の田中氏が、この件に露ほども触れないのは何とも不可解。

16日には、中国がバイデンよりトランプが次期大統領に好ましいと考え始めた、との中国政府関係者9人のインタビュー記事が報じられた(参照:Bloomberg)。米国の混乱を狙った見え透いたプロパガンダだが、今や欧州にも飛び火した人種差別反対を語る暴動の裏に、中国やグローバリストの策動がないといえようか。

確かにトランプは「特異」な大統領かも知れぬ。だが、田中氏が「米国社会にとって脅威なのは合衆国大統領その人」とするトランプを、「米国のサイレントマジョリティは支持する」と述べるリズ女史に、筆者は賛同する。