人種差別問題が燃え盛る今こそ、顔認証技術のルール作りが求められる

デルタ航空の搭乗チェック用の顔認証システム(Wikipedia)

今では顔認証技術は、私たちの生活の様々な面で利用されるようになって来ており、スマホを顔で起動したり、セブン銀行の次世代ATMでは顔認証が行われたり、会社や工事現場では出退勤管理に顔認証が使われて部外者の侵入を防いだり給与計算のデータが集められたり、マンションの入り口では両手に荷物を持ったまま顔だけで中に入ることができたりする。そして近い将来には、駅の改札を顔パスで通ったり、市町村の各種の公共サービスの提供を顔の情報を使って受けることも出来るようになると言われている。

このように顔認証技術は、私たちの生活を便利にする有用な技術で、今後の更なる発展が期待されるが、マイナスの面もある。それはプライバシー、自由などといった基本的人権が損なわれる恐れがあることだ。

例えば中国では全国にくまなく設置した監視カメラと顔認証技術を使い、大勢の人の群れの中から特定の人物を瞬時に見つけ出すことが可能になっている。また昨年から中国では、新しく携帯のSIMカードを買うときは購入者の顔を登録することが義務付けられ、政府が顔認識技術を使って国民の管理・監視をより完璧に行えるようにしているそうだが、このようなことは自由主義諸国では絶対に許されないことだ。

こうした顔認証技術のマイナスの面は、顔認証技術が実用化された当初から、顔認証サービスを提供する企業と人権の保護を重視する人々の間で論争になって来たところだ。

既にアメリカの都市の中でもサンフランシスコ、サンディエゴ、ソマーヴィル、シアトル、オークランド等は、警察による顔認証技術の使用を禁止している。

もともとこうした顔認証技術に本源的に潜むマイナス面に加えて、顔認証技術は実用化時点からその精度が問題視され、開発企業側は技術改良で批判をかわして来た歴史がある。

2014年のアメリカ国立標準技術研究所(NIST)の顔認証テストでは、最も良好な成績を収めた企業のアルゴリズムでさえ4.1%のエラーが出た。これは100人顔認証すると4人以上が間違った判定がなされるということだから、かなり問題だった(ちなみに2020年4月現在ではエラー率は0.08%まで下がっている)。

また、2018年2月には今回の人種差別問題にも影響する衝撃的な研究成果が発表された。それはMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者が発表したものだが、IBM、Microsoftそれに中国のMegviiの顔認証技術の精度をテストしてみたところ、白人男性の顔を使ったテストでは高精度の結果が得られたのに対して、有色人種の女性の顔では精度が著しく落ちることが分かったのだ。

これに次いで2018年5月には、さらに顔認証技術へのダメージとなるテスト結果がアメリカ自由人権協会(ACLU)から発表された。それはアメリカの下院議員の顔写真をAmazonの顔認識システムを使って25000人の逮捕者の顔写真と照合させたところ、28名の下院議員の顔が逮捕者の写真と一致したとシステムが回答したというのだ。

MITの批判に対してIBMとMicrosoftは、その後システムを改良した結果、現在では性や人種による差別はなくなったと主張しているほか、Amazonは捜査機関等がこのシステムを使用する場合はエラーの許容度を通常より厳しくすることを推奨しており、もしACLUのテストがそうしていれば下院議員を逮捕者と誤認することはありえなかったと反論している。

これらの批判を含め様々な顔認証技術に対する不信感に対応するため、顔認証技術の開発企業はシステムの改良に努めており、顔認証の精度は日進月歩で向上している。したがって顔認証技術が広く世界の信頼を得るに至る日はそう遠くないと思えるが、残念ながら現状ではまだ批判を完全に抑え込むには至っていない。

こうした状況の中で、5月25日にアメリカのミネソタ州で黒人男性が警官に殺害された事件をきっかけに、警察等の取締機関が監視カメラと顔認証技術を使うことへの批判が急激に高まった。

今月8日には、IBMのCEOのクリシュナ氏は議会にレターを送り、IBMは一般使用目的の顔認証・分析ソフトウェアの提供をやめると宣言するとともに、他の企業が顔認証等の技術を群集の監視、人種の特定、基本的人権や自由の侵害などに使用することに反対すると述べた。

これに続いて10日にはAmazonが、黒人差別の可能性があるとの懸念に対応して警察による顔認証システムの利用を1年間停止すると発表し、Microsoftも11日これに追随した。

こうした動きをみると、今後アメリカで顔認証技術を公的機関、特に警察などの司法当局が使用することに何らかの規制が設けられることは避けられないと思われる。これはアメリカの企業だけでなくNECやFujitsuなどアメリカを始めとする海外の顔認証技術市場に進出している日本企業にとっても他人事ではない。

顔認証技術が基本的人権に配慮することが必要不可欠なことは論を待たないが、私は今こそG7先進国が一致して、顔認証技術の発展と基本的人権保護が両立する合理的なルール作りをして、そのルールを世界標準にしていく必要があると思っている。

私は今回の人種差別反対運動が、例えば首都ワシントンにある南北戦争の南軍の将軍像を引き倒したり、名画の「風と共に去りぬ」の上映が忌避されたり、ジョンソン&ジョンソン社が一部の美白製品の販売を中止したりと、かなり運動が先鋭化してきている状況の中で、顔認証技術が全面的否定されたり、そこまで行かなくても厳しい規制がかかって顔認証技術の今後の発展の芽が摘まれてしまうことを心配している。

もし、顔認証技術に厳しい規制がかかって自由主義諸国の企業の顔認証技術の進歩が遅れるようなことがあると、すでにアフリカを始めとして世界の顔認証市場への進出を始めている中国企業の独壇場となり、世界の人々の顔の情報を中国が一手に握る日が来るかもしれない。