仁井田 浩二 RIST(一般財団高度情報科学技術研究機構)、理学博士
「自粛は必要だったか」の第1稿をアゴラに5月25日に掲載してから、データが更新されるたびに解析してきたわけですが、意外な結果が続きます。まず、7月1日現在のデータを見てみましょう。
図1は、新規患者数(赤)、死亡者(青)の日毎変化です。この図(通常の線形表示)からも明確に分かるように、新規患者数は最近上昇しています。第2波というのを単に「自粛解除後の感染拡大」と定義すれば、第2波は、はっきり来ています。本日は、この「いわゆる」第2波についてモンテカルロシミュレーションを用いて仔細に検討します。
図2は、図1を対数表示したものです。5月31日の連載③の第2波は来るのかでは、自粛解除後の新規患者数の動向から自粛の効果が判明すると主張しました。その時描いたのが、図2の3本(緑、黒、紫)のシミュレーションによる予測線です。まず、緑線は自粛前も自粛中も自粛解除後も実効再生産数R=0.31で5月30日までのデータをフィットしたもの。黒線と紫線は、自粛前がR=0.89、4月7日からの自粛中がR=0.31と自粛の効果を取り入れ、5月18日の自粛解除後が、それぞれR=0.89(黒線)、R=1.17(紫線)に変更し、データをフィットしたものです。
連載③の主張は、今後新規患者数が緑線に乗ってくれば自粛の効果は無かった。自粛解除後、黒線や紫線のように感染拡大が見られれば、自粛の効果はあったというものです。そこで2週間後の連載⑥で、6月17日までの新規患者数のデータは黒線に乗っていると判断しました。
2点目のベンチマーク点が得られたので(1点目は収束期の傾きでR=0.31、2点目が自粛解除後の傾きでR=0.89)、連載①では決定できなかった自粛前の実行再生産数をR=0.89と決定することができ、自粛の効果はあったという結論になりました。モデルのパラメータ実行再生産数R値の決定は、このように最新の測定値との比較から行われるべきものです。
6月17日以降、新規患者数は急激に増大し、7月1日現在の状況では、図2で示した新規データは黒線ではなく紫線に乗っているように見えます。紫線はR=1.17即ちRが1より大きいので、このままでは新規患者数は収まることなく増加することになります。
6月30日現在、厚生労働省のデータでは、PCR検査陽性者数18,394人、死亡者数973人です。驚くべきことにシミュレーションの紫線の値は、患者数18,373人、死亡者数971人です。5月31日に連載③のシミュレーションで予測した紫線の値と現在の観測データはほぼ一致しています。今後この状況が続くとすると、シミュレーションでは図3の紫線のように新規患者数は指数関数的に増加し、12月31日でPCR検査陽性者数が10万人に達することになります。
しかしながら、これはそう一概には結論できません。6月中旬からの新規患者数には、クラスター解析のため積極的に無症状の人のPCR検査を行い、そこで陽性となった人が含まれると聞きます。これは予測モデルで解析をする場合、非常にまずいデータ(コンタミ)です。何故なら、まず、この数はどのくらい無症状の人にPCR検査をするかに依存します。
つまり、感染の現象そのものでない人為的な行為に依存しています。次に、無症状ということは、物理的シグナルがないということなので、計算モデルでの新規患者数の定義(PCR陽性で入院)との明確な対比が難しくなります。
無症状でPCR検査陽性という人は、実際のクラスター対策を行う上では重要な因子ですが、予測モデルで計算する際は、直接的に患者数などとしてカウントすべき量ではなく、感染率、即ち実行再生産数Rに実効的に組み込まれるべき情報です。
この点をキャリブレーション(校正)して、より精度のあるRを算出することが今後の予測には極めて重要です。従って、是非、日々のPCR陽性者数の情報に、無症状のPCR陽性者の数も明記してもらいたいと思います。
図3は、連載⑥と同様に、7月20日から3ヶ月間、毎日10人の感染者の入国がある場合のシミュレーションです。前回はR=1.17の結果を示しませんでしたので水色で示します。外部からの感染者入国の影響は、Rが1より小さい場合は重要な検討事項ですが、Rが1より大きい場合は、感染者入国の問題よりも国内での感染拡大解消の問題の方が重要なことが分ります。
結局、感染者入国の問題も、その人たちを受け入れる国内の実行再生産数Rがどの位の値なのかというのが最も重要な問題となります。このRの値は、アプリオリに与えたり、海外の値から取ったりするものでなく、日本国内の現状から、即ち現在の日本のデータから決定されるべきものです。
「いわゆる」第2波として、シミュレーションから出る「年末まで10万人」をどう解釈し、判断するかは、是非の別れるところですが、感染予測の観点からは、SIRモデルであれ、ここでのモンテカルロシミュレーションコードPHITSであれ、現状の新規データとのベンチマークにより、モデルのパラメータの迅速な更新と計測データのキャリブレーションが今後の対策に極めて重要です。
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仁井田 浩二 RIST(一般財団高度情報科学技術研究機構)、理学博士
原子核物理、核反応理論、放射線輸送コードの開発、粒子線治療装置等の遮蔽評価業務