在ハンガリー日本大使館は先月末、最新「ハンガリー概況」を公表したので、PDF版をクリックして読み出したら、興味深い箇所にぶつかった。
「教育・科学分野では、ELTE大学(エトヴェシュ・ロラーンド大学)を始めハンガリー全土5つの大学に孔子学院が設置されている他、上海・復旦大学(ブダペストに欧州キャンパス設置を予定)や北京精華大学といった大学との協力に力を注いでおり、直近では、中国の出資により、センメルワイス医科大学に伝統中国医療学科を設立することが発表された」
中国共産党政権は欧州では動物園にパンダを贈る一方、「孔子学院」の拡大を主要戦略としてきた。2004年に設立された「孔子学院」は中国政府教育部(文部科学省)の下部組織・国家漢語国際推進指導小組弁公室(漢弁)が管轄し、海外の大学や教育機関と提携して、中国語や中国文化の普及、中国との友好関係醸成を目的としているというが、実際は中国共産党政権の情報機関の役割を果たしてきた。
中国に傾斜するオルバン政権下で中国の情報機関の手先と受け取られている「孔子学院」がハンガリー全土の5カ所の大学内に設置されているとしても不思議ではないが、「ハンガリー概況」は、中国共産党政権が中欧のハンガリーを戦略的に重視していること、日本外務省が「孔子学院」の動向をフォローしている事実を明らかにした点で注目されるわけだ。
例えば、オーストリアのウィーン大学にも「孔子学院」があるが、その「孔子学院」はオーストリアのペンクラブの主要スポンサーとなっている。そのためというべきか、オーストリアの多くの知識人は中国の人権蹂躙問題に対して批判を避け、同国の反体制派活動家や芸術家に対しては冷たい扱いをしてきた。中国共産党にとって不快な問題、台湾、香港、チベット、天安門事件、法輪功迫害などは、孔子学院では取り扱うことがない、といった具合だ(「『孔子学院』は中国の対外宣伝機関」2013年9月26日)。
海外中国メディア「大紀元」によれば、「孔子学院」は今年6月現在、世界154カ国と地域に支部を持ち、トータル5448の「孔子学院」(大学やカレッジ向け)と1193の「孔子課堂」(初中高等教育向け)を有している。世界の大学を網羅するネットワークだ。
ところで、「孔子学院」の名称が変更される、ないしは既に変更されたというニュースが入ってきた。「大紀元」(7月6日)によると、「『孔子学院』の名称を、『教育部中国語・外国語交流センター』に改称するとの文書が、オンラインで出回っているという。中国教育部が先月、孔子学院を「中国外国言語交流協力センター(中外語言交流合作中心)に改称した」というニュースがあるが、「孔子学院」からの公式の名称変更発表はまだ出ていない。
重要な点は、なぜ中国共産党政権はここにきて「孔子学院」の呼称を変更し、「教育部中国語・外国語交流センター」と改称するのかだ。考えられる点は、「孔子学院」が共産党政権の情報機関だという事実が世界の大学関係者に行きわたり、活動が難しくなってきたこと。実際、欧米の大学で「孔子学院」を閉鎖するところが増加してきている。トランプ米政権下の米大学では「孔子学院」の閉鎖要求が出てきている。英タイムズ紙は4月21日、欧州一リベラルなスウェーデンでも「孔子学院」を全て閉鎖する動きがあると報じている。それだけではない。ベルギーのメディアによると、同国の「孔子学院」院長がスパイ疑惑で8年間、欧州入国禁止の措置が取られたというのだ。
いずれにしても、欧米では「孔子学院」は儒教思想の普及や研究とは関係なく、中国共産党のソフトパワーを広める道具と受け取られ出し、「孔子学院」は「トロイの木馬」であり、欧州人の「中国脅威論」を払しょくするための狙いがあるという声が高まってきているわけだ。
そこで「孔子学院」の名称を変えて、中国共産党の情報機関というイメージを払しょくする狙いがあるのだろう。「孔子学院」の名称変更は、同学院が情報機関としてこれまで暗躍してきたことを間接的に証明しているわけだ。狙い通りにうまく機能していたら、名称を変更することはあり得ない。
中国湖北省武漢から発生した新型コロナウイルスの感染は世界的大流行(パンデミック)となり、中国共産党政権のコロナ感染対応や隠ぺい工作に対する批判が高まってきている。豊富な人材を駆使して欧米大学の大学教授や知識人をオルグしてきた「孔子学院」もここにきて評判を落としてきた。
中国は欧米では守勢を強いられてきたが、中国は欧州連合(EU)ではハンガリーを、バルカン諸国ではセルビアを中心に、巻き返しを図ってきているだけに、欧州での中国の動向には要注意だ(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域に」2020年4月30日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。