「歯医者に行くのが不安」コロナ後の歯科医療はどうなる?

「来るのが不安だった」

久しぶりにお見えになった患者さんから直に言われた回数は、両手で数えきれない程度。心の内でそう思っていた人はその数倍、数十倍かもしれません。

歯医者は新型コロナの感染リスクが高いため受診を控えるべきだ―。感染拡大初期、テレビをはじめ多くのメディアでそのように報じられたため、一時期歯科医院を受診する患者は極端に少なくなりました。

8月現在、多くの歯科医院で概ね元通りの来院数に戻ったと聞こえてきますが、多くの一般市民は今でも歯科医院に対して感染リスクを感じているのではないでしょうか。

1. 感染リスクがないとはいえない

そもそも歯科医院の感染リスクは、2002年のSARS問題にて歯科医院でのクラスターが複数みられたためとされています。確かに歯科医師は患者の頭部にかなり接近して処置するため、感染リスクが低いとはいえないでしょう。

しかし、歯科医師は従来からB型肝炎ウィルスやHIVウィルス等といった様々な病原体に対し、適切な感染対策を行いながら毎日仕事をしてきました。そして幸いなことに現時点で新型コロナに関する歯科医院でのクラスター発生はありません

また日本歯科医師会の策定したガイドラインによって、発熱時の歯科診療は基本的に避けることとなっています。これらの経緯と実績を鑑みると、歯科受診はどうやらそれほど感染リスクが高いわけではないと言えそうです。

(参考)日本歯科医師会作成院内掲示物

 2. 受診抑制で気づいた日常に潜むリスク

かなり病床数が逼迫していた4月頃、コロナ病棟の関係者からは、「歯科医院は直ちに休業してほしい」という声が複数のルートから届いていました。たしかにあの当時、僅かでも感染リスクのある行動は慎んでほしいという先方の気持ちは理解します。

しかし当時多くの歯科医院は診療日数や時間を縮小し、そうでなくてもほとんどの予約はキャンセルとなり、ごく少ない来院患者の対応をするという形となっていました。もちろん感染リスクに目をつぶり、利益追求に走った歯科医師が一人も居なかったとは言いませんが、スタンスがどうであれ来院数は大幅に減っていたのは同じでした。

そんな中で診察した患者さんは重症のケースが比較的多く、痛みがでても歯科医院へ行くのをためらった結果、顔の形が変わるまで腫れあがってしまった方も複数おられました。

写真AC:編集部

たかが歯、という声も聞こえてきそうですが、極端に重症化すれば顎骨炎となり、顔に傷痕や後遺症が残ります。そうでなくても摂食障害による栄養失調での体調不良や、免疫低下などは起こり得るでしょう。

そういう人たちが救急車で病院に運ばれたら明らかに医療リソースを圧迫します。歯科医院が縮小診療などの上でインフラとして機能し続けるのは合理性があったと感じています。

また来院患者は6月後半から概ね正常化してきているところが多いですが、特に高齢者を中心とした歯周病ハイリスク患者がかなり悪化してしまったのは強く印象に残りました。

普段はプロフェッショナルケア(歯科医院での歯石除去等)により「何も起こらない」のですが、我々にとっては日常のルーチンワークがとても大きな役割を果たしていたと実感する、貴重な経験となりました。

3.コロナ予防になるという発信への違和感

一方、ここに来て「口腔内のケアはコロナ感染予防になる」といった歯科業界からのアピールには違和感があります。

特に、口腔衛生状態が悪い歯周病患者は、炎症性サイトカインの上昇と関連してサイトカインストーム(免疫暴走)のリスクを高め、新型コロナの重症化に関与するというのは理論上の仮説といって差し支えなく、エビデンスによって支持されているものではありません。

 いち研究者が仮説として注意喚起をするならば、考え方の紹介として有意義です。しかしそれを歯科医師会が全国区で訴え、積極的に歯科医院に行きましょうと促すのは、拡大解釈が過ぎるように感じます。

このように一般人目線からしても突飛な打ち出し方は業界のポジショントークとうつり、かえって信頼を損なうのではないでしょうか。

まとめ

歯科業界が打ち出すべきことは以下2点だと考えています。

ⅰ.歯科治療の適正受診は虫歯・歯周病の重症化を防ぎ、医療リソース軽減につながる。

ⅱ.国内外の公衆衛生機関の助言に従っており、感染リスクは高いわけではない。

一方で歯科医療での感染リスクはゼロではありません。確率の問題でいずれどこかの歯科医院でクラスターは発生するでしょう。この時歯科医院は2週間の休業を義務づけられていますが、その後も風評被害による収入減は免れません。

そうであれば歯科医師会は既に共済制度として運用している休業補償を、風評が落ち着くまでの最大1ヶ月程度として手厚くすべきです。

歯科は既に縮小診療でクラスター発生ゼロという実績があります。市中感染が拡大する時期は業界全体で縮小診療を率先して行うといったコントロールが、効くのではないかと考えています。

新型コロナ対策が長期化する局面において、歯科以外の職種においても、業界団体の存在意義が問われてくるのではないでしょうか。