中国のByteDance社が開発するショートビデオアプリ、TikTokを巡って政治問題が起きようとは誰が想像したでしょうか?5億人以上のアクティブユーザーがいるとされるこのアプリは2016年に中国で発表され、国際版は17年の9月に登場とまだまだ新しいプラットフォームですが、10代の若者を中心に爆発的にはやっています。
このアプリについて世界の一部では安全保障の面からネガティブな声が出ていたのですが、アメリカが中国共産党に情報を抜かれるのではないか、という懸念から使用制限を課し始めていたところ、トランプ大統領がByteDance社に対してTikTokのアメリカの事業を9月15日までに売却せよ、さもなければ利用禁止にする、と発表しました。
その間、マイクロソフト社(以下MS社)がByteDance社(以下BD社)と買収交渉に入っていることを認め、トランプ大統領はMS社などに売却するのも可としました。しかもその売買に伴う多大なる利益はアメリカの国庫に納めることという条件が付きました。この売買利益とは誰の利益を言っているのか具体的に述べていないのですが、BD社が手にする売却益のことを示しているとすればどういう理由で売却益に課税するのか方法論が問われます。MS社が払うとすれば「お前のところはこれでもうかるだろうから〇億ドルよこせ」という理論ですから将来発生する利益や可能性のある訴訟問題を事前和解させるようなものになり、一般常識的には分かりにくい発想です。
MS社は9月15日までに買収交渉を締結させることは日程的にかなり厳しいと述べていますし、BD社が売らないのではないかという気もします。つまり、個人的な勝手な想像ですが、この取引は成立しない可能性はあると思います。
TikTokの価値はどれぐらいあるのでしょうか?BD社全部の価値が10兆円から15兆円程度ではないかとみられています。企業価値はのれん代をどれだけ乗せるか、つまり将来価値をどれぐらいとみるか次第で全く変わってくるのですが、2018年ごろに8兆円とされこの2年ほどで3割は上がったと評されています。
同社にはほかに著名人気アプリが複数あるため、そこからTiktokだけの価値を引き出すのはたやすくありません。参考までに7月末に投資会社のセコイヤが500億ドル(5兆円強)でTikTokの買収提案を行ったとあります。セコイヤの提案額は感覚的には低いと思いますのでTikTok全事業の価値は8兆-10兆円程度が基準になるのではないかと思います。なお、アメリカのユーザーは4500-6500万人程度で今回MS社が買収対象としているTikTokのアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの地域事業買収ですので最大数兆円ぐらいかもしれません。(BD社は未上場です。)
MS社はそのTikTokの限定地域だけを買収するだけなら最終的には手を付けない方が賢明のような気がします。MS社はサティア ナデラ社長のもと、サブスクリプションサービスが開花し、ようやく復活ののろしを上げてきたところです。今回の話は非常に政治的であり、中国政府がどうぞ、どうぞと言っている話ではありません。中国のことですから報復はあり得るでしょう。
MS社のOSは中国でスタンダード化しており、そもそも中国と親和性の高い企業として知られている中で複雑な政治的問題を内包する事業を安くない金額で手を出すとすれば株主も黙っていないと思います。
もう一点はTikTokの企業価値は何処にあるのか、であります。かつてグーグルがYouTubeを買収した時は将来価値を考えるとずいぶん安く買ったと思いました。今、MS社がそこまでしてTikTokが欲しいのか、これが分からないのです。似たようなアプリは他にもあるため、技術的な価値よりもブランドネームとしての意味合いが強いと思います。
一方、最近日本でも一部ユーチューバーに向かい風が吹いています。簡単に金持ちになれるという意味合いから芸能人もユーチューバーに鞍替えするような時代であると同時にエキストリームに走り社会問題になることもしばしば起きています。99%の投稿は価値を高めるものなのですが、画像とその公開、しかも利用者対象が10代-20代となれば青少年教育上の課題も出てくるでしょう。アメリカのTikTokユーザーも60%超が20代以下です。
私がMSの社長なら買う気を見せながら破談させます。トランプ大統領がTikTokをアメリカで禁止させるならそれの方が良い結果を生むと思います。MSを介在させるのはむしろアメリカにとって損な取引になる気がします。ナデラ社長は非常に賢い方ですのでそのあたりの天秤は当然持っていると確信しています。
もしもMSが買収することを決断したとすればそれがMSの判断というよりアメリカ政府の意向が働いたということではないでしょうか?この話は政治の匂いが強すぎて正直いただけないディールです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年8月5日の記事より転載させていただきました。