人種差別抗議デモ、バイデン候補に追い風となる“皮肉”

野球でスリー・ストライクスと言えば、三振を意味し打者がアウトになることを意味しますよね。2000年に公開された映画「スリー・ストライクス(3 Strikes)」で描かれた通り、米国の前科者にとってこの言葉は、人生の終わりを意味します。なぜなら、重罪で3回目に有罪となれば、25年以上の懲役あるいは終身刑がほぼ自動的に課されてしまうからです。

(カバー写真:Socialist Appeal/Flickr)

Socialist Appeal/Flickr)

問題は「重罪」のレベルです。米国では殺人を始め過失致死、放火、強盗、誘拐などの凶悪犯罪のほか、暴行や家庭内暴力、酒酔いあるいは麻薬使用時の運転、麻薬絡みの犯罪など、1年以上の懲役や禁固刑に処される罪を含みます。従って、極端に言えば酒酔い運転と麻薬所持で有罪になった人物が別の罪で逮捕された場合、自動的に何十年にも及ぶ懲役刑に処されてしまうというわけです。

日本人にしてみれば、そもそも麻薬は身近ではありませんし酒酔い運転にも縁遠いので、ピンとこないでしょう。

しかし、米国となれば話は別。まず運転ですが、自動車通勤は全体の86%(2013年時点)占め、まさに米国人の足なんですよね。

麻薬で言えば、コロラド州で初めて娯楽目的のマリファナ使用が承認された2014年から遡ること7年前の2007年時点で、12歳以上の麻薬使用者は1,440万人、当該人口の8%に相当していました。ほぼ10人に1人と捉えれば、米国人と麻薬の距離の近さが感じられるでしょう。2017年には過去1年間にマリファナ使用歴ありとの回答が7人に1人へ増加しており、それだけ米国人にとってスリー・ストライクスに直面するリスクは高いと言わざるを得ません。特に、貧困率が高く教育の機会に恵まれない黒人の間では、尚更です。囚人動向見ても明らかで、2017年時点の黒人の人口比率が12%に対し受刑者比率は33%と、白人の人口比率64%、受刑者比率30%と正反対でした。

“スリー・ストライクス法(三振法)”は1994年に成立しましたが、これを支える法律こそ同年に施行された“暴力犯罪取締り及び法執行法”、通称“クライム・ビル”です。1994年と言えばクリントン政権時代、上下院でも民主党が多数派を握っていました。民主党の黄金時代ともいえるこの時期、同党の優先事項の一つが犯罪撲滅だったのです。

(出所:Gage Skidmore/Flickr)

画像:ジャマイカ系のカマラ・ハリス上院議員が2016年の民主党予備選で苦戦したのは、検察官から司法長官を歴任した当時の“スリー・ストライクス”制度が問題視されたことが一因。(出所:Gage Skidmore/Flickr)

米国では1990年頃、貯蓄貸付組合(S&L)破綻や不動産バブルの崩壊などで景気後退に陥り、犯罪率が上昇していました。1991年に凶悪犯罪者は10万人に対し758.2人と、2018年の368.9人の倍以上だったところから、いかに治安が悪化していたかが伺えます。

このような状況下、クリントン大統領(当時)は1992年の大統領選で犯罪取り締まりへの姿勢が弱腰と批判されていた理由から、立て直しを図るに至ります。その時、クライム・ビルを提唱した人物こそ、ジョー・バイデン上院議員(当時)だったのです。今でも動画ストリーミングサイトのユーチューブには、バイデン氏が1992年に自身が作成した同法案を説明する際「死刑に相当する犯罪は53件もある・・・交通規則を無視して道路を横断したら、絞首刑以外何でもありだ」といかに厳格に取り締まっているか、誇らしげに語る姿が見受けられます。

クライム・ビルに対しては、支持派と不支持派と真っ二つに分かれます。支持派はもちろん犯罪率の低下に寄与したと評価し、実際に前述した凶悪犯罪者数は1991年をピークに右肩下がりとなりました。逆に不支持派は、過剰に厳格な刑による人権侵害などと批判します。

実際にクライム・ビルを問題視し、2020年の民主党大統領予備選に立候補した黒人系のコリー・ブッカー上院議員は、2019年7月に開催された候補者討論会でバイデン氏に「犯罪取り締まり厳格化で票を得た一方で、薬物犯罪で懲役刑に処され、地域社会ごと打撃を受けたコミュニティがある」と糾弾しました。ブッカー氏は、トランプ大統領が支持した“ファースト・ステップ法”の賛同者でもあります(注:同法は2018年12月に成立、クライム・ビル下での懲役刑に処された受刑者の減刑などを含む)。ブッカー氏がかつて市長を務めたニューアークでは黒人による犯罪率が高く、不当に長い懲役刑に処された市民が数多く存在したため、クライム・ビルの一部巻き戻しに立ち上がったというわけです。

クライム・ビル施行直前の1990年から2000年までの囚人数動向をみても、同法が黒人に大打撃となったことが分かります。白人の受刑者数が10年間で27.0%増だった一方で、黒人は69.5%増と大幅に上回っていましたから。

チャート:囚人数、1990年と2000年の比較(作成:My Big Apple NY)

チャート:囚人数、1990年と2000年の比較(作成:My Big Apple NY)

もちろん、クライム・ビルのみが黒人の囚人数を押し上げたとは申しません。しかし、バイデン氏が推進して成立したクライム・ビルを快く思わない一部の米国人にとって、足元のブラック・ライブズ・マターを柱とする人種差別抗議デモを追い風としたバイデン氏支持率上昇は、皮肉に受け止められていることでしょう。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2020年8月5日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。