イランとサウジの「核レース」と中国

長谷川 良

世界の関心が中国武漢発の「新型コロナウイルス」の感染防止に注がれている時、中東で“きな臭い動き”が出てきた。不法な核開発の動きだ。イランの核問題だけではない。ひょっとしたら、テヘランの核開発に触発されたのかもしれないが、イランの宿敵、中東の盟主サウジアラビアが核開発に乗り出す動きを見せてきたのだ。

▲Google Earthからサウジの核関連施設の全景(「テヘラン・タイムズ」電子版から)

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)担当のイランのKazem Gharibabadi 大使は8日、IAEAに対し、「サウジの隠された核関連活動に光を当てるべきだ」と警告した。テヘランとリヤド間の地域主導権争いという側面もあるが、サウジが核開発に強い関心を寄せてきたことは周知の事実だ。

特に、イランが2015年7月、米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国との間に包括的共同行動計画(JCPOA)で合意したが、トランプ米政権が18年5月、合意から離脱したことを受け、包括的核合意を破棄し、濃縮関連活動を再開してきたため、サウジがイランの核に対抗するため本格的な核開発に乗り出してきたと受け取られている。

Gharibabadi 大使は、「サウジは核拡散防止条約(NPT)の加盟国だ。同時に、IAEAとは包括的核査察協定を締結している。にもかかわらず、IAEAの査察要求を拒否している。国際社会はサウジが原子力エネルギーの平和利用から逸脱することを絶対に容認してはならない」と指摘し、IAEAにサウジの核関連施設への査察を実行し、同国の核開発動向に関する完全な報告書を提出すべきだと要求した。

具体的には、サウジの首都リヤド近郊の未申告施設で核兵器製造のためのウラン濃縮関連活動が見られるというのだ。米紙ニューヨーク・タイムズは5日、「米情報機関はサウジが潜在的に核兵器製造に繋がる核燃料生産能力の構築を試みているという内容の報告書をまとめた」と報じた。

報告書によると、米政府関係者や核エキスパートはリヤド近郊のソーラーパネル生産地帯近くに新たに完成された建物は未申告の核関連施設の一つではないかと疑っている。そのサイトはリヤド北西30キロのアル・ウヤイナの街から少し離れた砂漠地帯に位置する。そこで中国と連携してウランからウランイエローケーキを抽出するプログラムが進められている疑いがあるというのだ。

また、ブルームバークのニュースによると、今年3月と5月の人工衛星の写真分析から、サウジが原子炉をカバーする屋根を建設したことが明らかになった。サウジは原子炉の監視と設計の査察のためIAEA関係者を招くべきだったが、していない。

以上、イランの「テヘラン・タイムズ紙」の8月9日電子版の記事の内容をまとめた。

欧米諸国から核疑惑をかけられてきたイランにとって、サウジの核関連動向は無視できない。イスラム教スンニ派の盟主サウジとシーア派代表のイランの間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いが1300年間、中東・アラブ諸国で展開されてきたが、ここにきて両国は「核レース」を展開させてきたわけだ。

なお、IAEA定例理事会は6月19日、イランの核問題で「テヘランは未申告の核開発の疑いがある2カ所の核関連施設への査察を拒否している」として、イランに全面的、適時にIAEAの査察を受け入れるように求めた決議を賛成多数(賛成25票、反対2票、棄権7票)で採択したばかりだ。IAEA理事会がイランを批判する決議を採択したのは2012年8年以来のことだ。

参考までに、イランとサウジ両国の核開発に中国が深く関与してきている点を少し説明する。中国はイランとの間で25年間の「戦略パートナー協定」を締結し、経済活動に必要なエネルギーを確保する一方、安保でも両国の協力関係を強めてきた。同時に、中国はイランのライバル、サウジにも接近し、サウジの野望、核開発を支援する一方、サウジから原油を輸入している。サウジは今日、中国の最大原油供給国だ。今年5月には、サウジは日量216万バレルの原油を中国に輸出している。

それだけではない。中国はイランの宿敵、イスラエルにも接近している。中国は世界の第2のシリコンバレーといわれるイスラエルに接近し、イスラエル企業が保有している先端技術の企業機密を盗み取っている。具体的には、医療用レーザー技術で知られるアルマレーザー社、医療技術ルメニス社、画像認識開発コルティカ社を含め、多くの技術企業の株式を取得している(「『赤の商人』中国がイスラエルに接近」2018年11月26日参考)。

米国は2003年のイラク戦争後、中東から次第に軍を撤退させてきた一方、中国はその空白を利用してイランを水先案内人にしながら、サウジ、イスラエルまでその影響を広めてきた。トランプ米政権はイラン核合意から離脱する一方、イランに経済制裁の圧力を強めてきたが、テヘランの核への野望を止めるまでにはなっていない。そればかりか、イランを中国へ傾斜させる結果となっている。トランプ米政権が親米派サウジの核開発問題に対しどのようなスタンスで対応するか、大いに注目される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。