各メディアが報じているとおり、8月17日、関西電力は東日本大震災後の経営不振で減額した役員報酬等を補填していた問題で、社内に設置したコンプライアンス委員会主導による調査報告書を開示しました(役員退任後の嘱託等の報酬に関するコンプライアンス委員会の調査結果について)。関電の信用回復のためには、私は金品受領問題よりも役員報酬等補填問題のほうが重大と考えておりましたので、さっそく調査報告書の全文を読みました。
役員退任後の嘱託報酬が「役員報酬の後払い」と評価されるのか、報酬支払に関与していた経営陣の方々に善管注意義務違反が認められるのか、といった法的評価についてのコメントは控えさせていただきますが、認定された事実から、私は以下のような感想をもちました。かんぽ生命の不適切販売に関する追加報告書と同様、本報告書にも(他社においても参考となるような)教訓を含んでいるように思います。
調査委員会も厳しく指摘しているとおり、経営トップの方々による役員報酬の補填は、度重なる電力料金の値上げに応じていた消費者、賞与も出ない中で頑張っていた社員、「経営責任に基づく役員報酬の減額」を真に受けていた株主らの信用を完全に裏切る行為です。原発再稼働の遅延という想定外の事態が生じた中で、ステークホルダーに不利益を甘受させておきながら、役員だけが自身の不利益の回復を図るという方針がなぜ実行されてしまったのか、本報告書を読んでも明らかにはなりませんでした。
しかし、消費者から見れば「おかしい」といわれるような行為であったとしても、経営不振から厳しい報酬減額を呑んできた役員に報いてあげられる人だからこそ社長、会長にまで上り詰めたのではないでしょうか。昨日の記者会見でコンプライアンス委員会の中村委員長が「複数の元役員らが報酬の減額幅が大きかったことに不満をもっていた」と述べておられましたが(8月18日読売新聞朝刊より)、清濁併せ吞んでそこをなんとかする人だからこそ社内での人望が厚かったものと推測します。そして、ステークホルダーよりも目に見える先輩・後輩への仁義を尽くすことを優先する風土というのは、私はけっこう多くの日本企業にも通じるところではないかと考えています。
その象徴とも言えるのが秘密の共有です。元会長(相談役)は「おかしなことをやってるわけではないが、世間に知れると問題になるかもしれない。だから内密にしておいてくれ」といいながら、減額報酬や修正申告納税分の補填(の予定)を対象者に伝えたそうです。部下にとって経営者から秘密の共有を持ち掛けられるほどうれしいことはありません。サントリーの名経営者でいらっしゃった佐治敬三さんのご著書のなかでも「社員に頑張って働いてもらうには秘密を共有させることが一番」と書かれてありました。本報告書では「秘密の共有」は経営者における違法性の認識を示すものとして指摘されていますが、私は「なるほど、これなら補填される役員は意気に感じるだろうなぁ。。囁くタイミングも抜群。さすがだなぁ」との印象です。
もちろん、公益的な事業を担う企業だからこそ、経営者は一般の民間事業者以上に規範意識を備える必要があるのかもしれません。しかし個人的な要素だけでなく、身内の信頼よりもステークホルダーの信頼を大切にする組織風土をどのように形成すべきなのか、そこに光を当てて改革を図る必要があるように思えました。
さらに金品受領問題の場合には「会社は関与せず、役員個人で対応するように」といった方針が社内に存在したために、あまり意識をしませんでしたが、こちらの役員報酬等補填問題は(認識している役職員は少ないものの)会社内部で処理されていた問題です。つまり金の流れを追うことが調査において必要となります。そこで問題となるのが「秘書室経費」です。関電では、2018年には総務部に統合されるものの、それまでは経営トップと二人三脚で役員報酬等補填問題を担当していたのは「秘書室」だそうです。ということであれば、会計監査人が、これまで「秘書室経費」をどのように監査してきたのか、ということに関心が湧きます。
私が某社の第三者委員会の委員長を務めた際、外国公務員への贈賄は「役員室経費」で賄われていましたが、「開かずの間」となっているケースも多く、調査においてかなり抵抗された経験があります。会計監査においても「企業全体からみれば極めて小さな金額なので重要性がない」ということで、「秘書室経費」(役員室経費?)の金の流れを調査することもないのかもしれません。ただ、関電においてはこれだけ微妙な問題を秘書室が取り扱っていたのであれば、そこにお金の流れがよくわからない費用項目があったのではないでしょうか(金品受領問題発覚時の各役員の修正申告分の納税をどう補填するのか、そのあたりの社内の段取りに関する会話内容が興味深いです)。
関西経済の顔として活躍されてこられた方々が、なぜこのような問題を主導されたのか、正直今でもよくわからないのですが、(たとえ金品受領問題において和解をしてでも)国税調査からも守りたいような「お金の聖域」があったからこそ、世間の信頼を裏切るような行動に走ってしまったのではないか、と推測してしまいました。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。