政策論争なしに新総裁が決まる政治体質

安倍首相の後継者を決める自民党総裁選で、菅官房長官が選出されることが実質的に決まりました。主要5派閥が堰を切ったように菅氏への支持を表明し、政策論争を欠いたまま岸田、石破氏の敗北が確定しました。「コロナ後をにらんだ重要な時期なのに」と国民はあっけにとられています。

自民党サイト:編集部

民主主義政治におけるプロセスは、常識的にいって、総裁選に出馬したい議員が政策を発表し、候補者の間で論争し、各派閥、議員が誰を選択するか判断して投票する。政策構想の表明、論争、投票という順序です。

今回の新総裁選びを見ていますと、民主主義のプロセスの順序が全て逆です。各候補の政策論争なんか聞かなくていいという展開です。菅氏は官房長官として安倍路線を仕切り、それを継承するから聞くまでもないとでもいうのでしょうか。日本の民主政治にとって残念なことです。

菅氏支持を表明した主要派閥は、遅れをとると新政権における閣僚、党のポスト配分で冷遇されると思ったのでしょう。コロナ後のことより、とにかくポストをとらないと、派閥を維持できないという姿勢でしょう。

合同会見を行った各派閥会長(自民党サイト:編集部)

当面のコロナ収束策はもちろん、コロナ後の政策課題は多く、安倍路線を継承していけばいいということではない。安倍路線そのものにも、際限なく膨れ上がる財政赤字、出口の見えないゼロ金利政策、官邸官僚の強引な政策決定、忖度政治、公文書の改ざん体質の転換など、深刻な問題がある。

コロナ危機が突きつけている課題が多いからこそ、出馬する候補者が政策を練り上げ、論争し、優劣を判断する。「走りながら考えればどうにかなるさ」でしょうか。政界は日本の社会で最も遅れた世界であることを改めて証明してくれました。

2か月後に迫った米大統領選挙と比べると、直接選挙と間接選挙の違いがあるにせよ、政策論争を忌避する日本政界の体質が歴然としています。基本的な方向が水面下、駆け引きで決まり、そのプロセスを国民から見えない。

「コロナ後の世界」は、いろいろな分野の枠組みが様変わりになることでしょう。新刊の「コロナ後の世界」(文春新書)では、米英の著名な識者が現代の文明社会が直面する課題を様々な視点から論じています。

「今回のパンデミック(世界的大流行)は、東京一極集中を変える契機とすべきではないか。地方に高性能のブロードバンド環境を整備して、都市からの移住を奨励する」。

人材論・組織論の権威、グラットン教授(ロンドン・ビジネススクール)は未来の働き方の改革を提唱しています。

日本では「大坂都構想」が関西で進行しています。行政単位を東京都並みに改革するといった次元にとどめず、首都機能の分散という大きな課題に仕立てるべきでしょう。教授は

「コロナ対応で在宅勤務が進む。フレキシブルな勤務形態、リモートワークなど、新しい生活規範が確立される」

「世界には様々な働き方や暮らし方があるのに、行動範囲を日本語圏に絞ってしまうのはもったいない。日本で英語を話せる若者の少なさに愕然とする。英語を話せないことで、将来の可能性を狭めている」

と。英語教育を日本再生の課題にし、海外でも通用する人材の育成が必要なのに動き鈍い。

ニューヨーク大のギャロウエイ教授(デジタルマーケティング論)は

「全米に2800の大学があり、二流大学は今後5年間で500-1000校は倒産する可能性がある。コロナで大学が閉鎖され、オンライン授業を受けるようになると、数万ドルの年間授業料を払う価値がないと考え、払う人は減る」

と。

日本でも大学教育界はコロナ後、大きな変革を迫られるでしょう。また

「新型コロナは社会を変える『促進剤』としての側面が強い。映画館、デパートはもう臨終寸前に追い込まれている」

と。産業の新陳代謝が激しくなるのでしょう。政界の新陳代謝も必要です。

菅政権になったら、株価はどうなるか、金融緩和政策はどうなるのかに、関心が集まっています。東証の株価は2万3400円(3日)でコロナ急落前の水準を越え、NYダウも好調で2万9000㌦、やはりコロナ前に戻しています。

「株式市場は好況に沸いても、株価は実体経済全体を表しているのではない。富裕層上位10%の経済的繁栄を表しているからだ。この10%が株式の80%を保有しているからだ」

と、ギャロウエイ教授は指摘しています。

日本は、米国ほど格差は大きくなくても、超金融緩和のもとで株高となり、景気回復に時間がかかる実体経済との乖離が大きくなっている点では、共通しています。金融緩和が実体経済の立て直しに生かされない。

金融緩和は株高を生み、中央銀行が国債を際限なく買うよう仕向けていますから、財政赤字は膨張する一方です。日本が財政赤字が主要国で最悪ならば、「米国の財政赤字は前年度比で3倍、3・3兆㌦で、政府債務は第2次世界大戦直後を越え、過去最悪」(2日の発表)となりました。

世界経済はいつまで持続可能なのか。コロナ後の大問題がそれです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年9月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。