ベーシックインカムとは何か

千正 康裕

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1.イメージが先行するベーシックインカム

ここ数年、ベーシックインカムが時々話題になります。

ただ、一口にベーシックインカムと言っても、どのくらいの金額を給付するのか、原資をどうするのかなどの制度設計の議論は結構テクニカルなので、なんとなく「新しくてよさそうなもの」というイメージが先行しているように感じます。

また、各政党もベーシックインカムという真新しい言葉を使いながら、似て非なる仕組みを提唱したりするので(全員にではなく、無年金・低年金の高齢者への最低保障年金のように、働くことが難しい人への最低生活保障という側面のものが多い。)、ますます日本のベーシックインカムについての議論が混迷したものになっているように思います。

そこで、ベーシックインカムを理解するために、多岐にわたる論点があるのですが、特に皆さんに押えておいていただきたい論点にしぼって解説してみたいと思います。

2.ベーシックインカムとは何か?

ベーシックインカムというのは、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要な額の現金を支給するものです。

現金給付というと、所得の低い人を対象とした生活保護がありますね。
生活保護制度は、生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的としています。

生活保護は、困窮した方に対する最後の手段なので、原則として資産があると受け取れませんし、働けないことを証明する必要もあります。

また、年金は現役時代に保険料を納めていたことを条件に、65歳になる、障害を負うなど一定の条件を達成するとお金がもらえる仕組みです。

ベーシックインカムの特徴は、このような条件なしに全員に現金を配るというところにあります。

3.ベーシックインカムが注目される理由

なぜ、ベーシックインカムに注目が集まるかというと、色々な背景や文脈がありますが、今の社会保障制度が持っている課題を解決してくれそうな感じするからですね。いくつか課題を挙げてみましょう。

① 支援が必要な人に届かないという問題。
生活保護の申請が大変とか、審査が厳しくて認められない場合があるとか、生活保護受給者おレッテルを貼られるのが嫌だから申請したくないとか、本当は困窮しているのに生活保護を受けていない人もいます。

また、雇用保険(失業保険という名前が分かりやすい人がいるかもしれません)は、解雇されたり、仕事を辞めた時に、次の仕事を探す間の生活を支えるお金がもらえる仕組みですが、雇用されている人が対象なので、自営業やフリーランスのような人は対象外です。また、雇われて働いている人の中でも週20時間以上働いている人が対象なので短時間勤務の人は対象外です。

② 制度の狭間の不公平問題
制度に入れるかどうか、実際にお金をもらえるかどうかについては、決まった条件があるわけですが、その条件にぎりぎり合う人とそうでない人の不公平感の問題です。

例えば、細かいことをいうと週21時間働いている人は雇用保険に入れますが、週19時間の人は入れないという問題。どちらも似たような人だけど不公平ではないかという話ですね。

また、もらえる金額が所得によって変わったり、高齢者の医療の自己負担(医療機関の窓口で自分で払う金額)も所得によって異なりますが、その所得を超えるか超えないかで、かなり損得が変わってくるので不公平ではないかという問題もあります。どこかで線を引く以上こういうことが起こります。

③ 不正受給の問題
生活保護で時々話題になりますが、本当は困っていないのにもらっている人がいるのではないか、制度を悪用している人がいるのではないか、それは不公平だという問題です。

④ 役所の仕事の非効率さの問題
一定の条件の人にお金を配るので、申請に来た人が条件に当てはまるかどうかチェックする仕事が役所に発生します。
ここに、役所のマンパワーが必要になりますし、審査する人によって判断が異なることもありえます。

ベーシックインカムは、無条件で一律のお金を配るので、こうした問題がなくなるように見えます。

そのほか、個人の生き方に対して中立的だとか、働く人がお金にしばられにくくなるのでより好きなことがやりやすいとか、そういう価値があることも指摘されています。

4.ベーシックインカムに必要なお金とは?

さて、ベーシックインカムをもらえるとしたらいくらがよいでしょうか?
働けなくなって収入がなくなった時など、何かあった時に困らない金額となると、あんまり少ないと意味がないですよね。

ここでは、仮に1人当たり年間100万円としてみましょう。
実際に、そういう金額を前提としたベーシックインカムに関する国会質問もありました。
月83,000円、困りごとがあってもなくても常にもらえる計算ですね。

さて、全国民に1人当たり年間100万円配るには、お金はいくらでしょうか?

1億2000万人に配るとすると、120兆円になります。

1人当たり年間100万円ですから、夫婦2人だと年間200万円。

夫婦2人に子ども2人の世帯だと400万円。

ずいぶんと家計が助けられそうな感じがします。

5.120兆円をどこから持ってくるか

この制度を実現するためには、毎年国は120兆円用意し続ける必要がありますが、これはどのような規模のお金でしょうか?
お金は降って湧いてくるものではないので、増税するか既存の給付をカットする必要があります。

話を分かりやすくするために、全部増税でまかなう場合と、全部給付をカットする場合を例にとってみましょう。

【増税の場合】
今の国の税収は60兆円強ですから、さらに120兆円のお金を配るためには、単純に計算すると今のあらゆる税金の税率を3倍以上にしないといけません。実際には、所得税の最高税率は控除があるとしても45%ですから3倍にすることは不可能でしょう。所得税以外の法人税や消費税を3倍以上の税率に引き上げないと収支のバランスがとれないでしょう。

例えば、消費税は1%で2.5兆円くらいの税収なので、120兆円のベーシックインカムに必要なお金をすべて消費税でまかなおうとすると、単純計算でも消費税50%分と120兆円が同じくらいです(実際には消費税を大きく上げると、みんなものを買わなくなるので、50%の引き上げでは足りません)。

全員が月83,000円もらえる代わりに、消費税が60%以上になるとしたら皆さんの生活はどうなるでしょうか。

【社会保障をベーシックインカムに置き換えると】

では、増税しないとするとどうなるでしょうか。

ベーシックインカムは最低生活保障機能を実現する制度なので、社会保障と関係が非常に深く、社会保障をベーシックインカムに振り替えてはどうかという議論もあります。おそらく多くのベーシックインカム論者は少なくとも生活保護はベーシックインカムに切り替えるという前提で考えている人が多いのではないでしょうか。

実は、この社会保障の現在の給付費がちょうど120兆円程度です。この原資はほとんどすべて社会保険料と税金でまかなっています(若干、年金の積立金の運用益が使われますが、それも元は社会保険料ですね)。

つまり、現在の社会保障(生活保護、児童手当、雇用保険、医療保険、介護保険、年金など)について保険料や税負担をそのままにして、すべての制度を廃止してベーシックインカムに置き換えると、お金の計算上はつじつまが合うことになります。

6.そもそも社会保障は何のためにあるのか

上記5.の最後に書いたように、現在の社会保障について保険料や税負担をそのままにして、すべて廃止してベーシックインカムに置き換えると、お金の計算上はつじつまが合います。

その場合、何が起こるでしょうか。

例えば、急にガンなどの重い病気になって手術や高額の治療、入院などが必要になった場合は、数百万円の高額な治療費が必要になったり、その間働けないこともあります。

また、家族に要介護状態になった時、老人ホームに全額自己負担で入居させるためには毎月数十万円の出費が必要になります。介護保険がなければ親の介護のために働き盛りの子どもが仕事を辞めなくいといけなくなることもあります。

このような、家族内では支えきれないような大きなリスクを皆で分かち合うことに、社会保障本来の意味があります。

現在の社会保障を廃止してベーシックインカムだけにするということは、毎月83,000円の現金をもらうかわりに、大きな危機が訪れた時にすべて自分で何とかしなければならないことになり、社会保障が担っている機能に置き換えることはできません。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?

簡単です。

同じ120兆円を使うにしても、社会保障は病気や失業、高齢など本当に困っている人に集中的にお金を使いますが、ベーシックインカムは高所得で元気な人など困っていない人にも同じように全員にお金を配るからです。

7.ベーシックインカムの議論の意味

ベーシックインカムは、色んな理由で賛成する人がいるのですが、前述のようにその大きな理由の一つは社会保障制度を運営するためには、支援を集中させる必要のある「困っている人」かどうかという認定を役所がすることになりますが、その非効率性や漏れなどをいやがる人が多いのです。ベーシックインカムは全員に同じ金額を配るので、生活保護の審査のような仕事が不要になるのです。ベーシックインカムがあれば公務員を減らせるという話を聞いたことがある人もいるかもしれません。

これについては、手段を目的化するような本末転倒な議論ではないかと思っています。考えるべきは、テクノロジー等を活用した社会保障の事務やサービスの効率化の方だと思います。

それでも、ベーシックインカムの議論自体は、生活保障という社会政策について、広く考えてもらうきっかけいになるので、意味はあると僕は思います。興味のある方は本やネットにも情報がたくさんありますので、ご覧いただければ幸いです。

ちなみに、ベーシックインカムが解決策にならないとしても現在の社会保障が今のままでよいとは全く思っていません。また、生産性向上やブラック企業からの回避については、ベーシックインカムがあれば解決するというよりも、転職のハードルを大きく下げることができ、また本人の希望やスキルが活かせる兼業・副業を進めることが有効ではないかと考えています。

みなさんと一緒に政策、政治について考えるサークルです。
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千正道場

政策のプロである千正が、みんなと一緒に政策や身の回りの困りごとの解決法などを考えていくサークルです。 千正親方は、毎日20-30分くらいはここに登場します。 普段会わない色んな立場の人が、安心して話し合ったり、交流できる場所にしていきます。


編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。