おととい(9/7)、発生から10年が経過した尖閣沖での中国漁船衝突事件を巡り、当時の民主党政権で外相だった前原誠司氏が産経新聞の取材に対し、船長を釈放したのは当時発表された「検察の判断」ではなく、菅直人首相(当時)の指示だったことを暴露して大騒ぎになっている。
船長釈放「菅直人氏が指示」 前原元外相が証言 尖閣中国漁船衝突事件10年 主席来日中止を危惧(産経新聞)
この前原氏の「口撃」を受けて菅元首相本人は夜になってツイッターで反論。「指揮権を行使しておらず、私が釈放を指示したという指摘はあたらない」などと疑惑を完全否定してみせた。
尖閣諸島は我が国固有の領土であり、尖閣諸島をめぐり、解決すべき領有権の問題は存在していない。尖閣中国漁船衝突事案は、中国漁船による公務執行妨害事件として、我が国法令に基づき、厳正かつ粛々と対応したものである。指揮権を行使しておらず、私が釈放を指示したという指摘はあたらない。
— 菅直人(Naoto Kan) (@NaotoKan) September 8, 2020
前原氏が、この時期に突然公表したことについて、野党再編などにからめた政局的な思惑を指摘する向きはあるが、実は、船長釈放を「検察の判断」としていた菅(かん)政権の見解について疑義が生じるのは初めてではない。私もすっかり忘れていたが、当時官房長官だった故・仙谷由人氏が2013年9月、時事通信のインタビューに対して菅元首相の意向を受けて船長の釈放を働きかけたことを明らかにしている。
そして、菅直人氏の反論ツイートが出た1時間余り後、前原氏が出したツイッターではその仙谷氏の名前を引き合いにして「今回、産経新聞の取材に応じたのは、仙谷先生に対する思いがあったから」などと心境を語った。
→今回、産経新聞の取材に応じたのは、仙谷先生に対する思いがあったからです。しかし、あの世に行った時、仙谷先生に叱られるかもしれません。「前原よ。墓場まで持っていかんかい」(誠)https://t.co/NFeYVj5SaH @Sankei_newsより
— 前原誠司 (@Maehara2016) September 8, 2020
前原氏と菅氏の見解は真っ向から対立しており、「どちらかが嘘をついている」状態だ。
抽象的な文言で疑惑を否定する菅氏より、前原氏のコメントの方が具体的かつ迫真的に見えるが、いずれにせよ、我が国の外交・安全保障のターニングポイントにもなった事件で何があったのか、事実を究明し、今後の意思決定プロセスの教訓にするためにも、田端信太郎氏もツイートしているように、菅氏と前原氏に対して国会への証人喚問をして決着を図るべきだろう。
ただし、民主党政権から“日本”を取り戻した安倍政権が、尖閣漁船事件の真相究明に積極的だったのかといえば微妙なところだ。前出の仙谷氏の時事通信記事が出たあと、当時新党大地の新人議員だった鈴木貴子氏(現自民党、鈴木宗男氏の長女)が、時事通信の仙石氏インタビュー記事や、一連の釈放に至った経緯について安倍政権の認識をただしている。
二〇一〇年九月に尖閣諸島沖で発生した衝突事件に係る元内閣官房長官の発言等に関する質問主意書
鈴木氏が「当時の菅内閣の判断は適切であったか」などを尋ねたのに対し、安倍政権の答弁は
御指摘の事件の被疑者を釈放するとの方針は、検察当局において、法と証拠に基づいて決定されたものであり、当該方針の決定に関して、関係省庁との折衝及び協議が行われたことはないと承知している。
などと、菅元首相の言い分を“後追い”するような見解を出している。
当時、政権を奪還したばかりの安倍政権からみると、「悪夢」の民主党政権イメージに大打撃を与えられるチャンスが転がり込んできたはずなので意外な対応にみえるが、これについては
①安倍政権は菅(かん)政権の意思決定プロセスを本当に把握できていなかった
②何らかの政局的な思惑により、民主党(当時)に対する「貸し」を作った
③政権交代はしても中国側との外交機密(例・尖閣棚上げ論)で言えない事情があった
—などといくつかの理由を邪推してしまう。
しかし、①は、安倍官邸の誇った諜報能力の高さからすれば考えにくい。②や③ならありうべしと思い浮かぶところだが、どうだろうか。
いずれにせよ、亡き仙谷氏に続いていまも現職の国会議員である前原氏が「真実」らしきことを大手新聞社に証言し、公然と現政府の見解にも疑義が生じてしまった以上、ポスト安倍政権は再検証する義務があるのではないか。どうせやるなら「真剣勝負」にして、嘘をつけば偽証罪が問われる証人喚問にすべきだ。
念のためだが、これは別に旧民主系野党を攻撃したくて言うのではない。いちばんの理由は先述したように国の外交・安全保障の決定プロセスを再検証の必要があるから。
そして、逆説的だが、野党のためを思ってのことだ。真相究明は身を切ることにはなるが、むしろ長い目で見て、低迷続きの旧民主系野党が政権担当能力において国民の信頼を取り戻すため、郷原信郎氏も指摘するように政権時代の「病根」そのものを特定し、除去しなければなるまい。
もし曖昧にしたままでは、それこそ行政の透明性を理由にモリカケを、あるいは政治と検察の関係性の観点から検察官定年延長問題を、それぞれ追及する上で正当性を失うことになるのではないか。
何度も「野党再編」をしたところで根幹を立て直さない限り「野党再生」はありえまい。