8月9日に実施されたベラルーシ大統領選で得票率82.6%(公式発表)を獲得して6選を果たしたと宣言するまでは多分、ルカシェンコ大統領の計画通りだっただろうが、国民が大統領選を「不正」と指摘し、やり直しの選挙を要求して路上で抗議デモを始めたのには驚いたのではないか。
当初は治安部隊がデモ集会を解散できると簡単に考えていたが、大統領選から1カ月が経過しても抗議デモは治まらず、ベラルーシの政情は益々混沌としてきた(「独裁者が国民に『恐れ』を感じだす時」2020年8月20日参考)。
ロシアのプーチン大統領は、最初はルカシェンコ大統領に国民との対話を進めるように助言したが、首都ミンスクなどで抗議デモが数万人規模に膨れ上がり、国民がベラルーシの国旗を持って集まり、大統領選のやり直しを重ねて要求する段階に入って、プーチン氏は考え直したのだろう。
プーチン氏は先月27日、「ベラルーシが混乱して、カオスとなるのを防ぐためロシアの治安機関職員らで作る予備役部隊を創設する」と表明し、ルカシェンコ大統領支援を約束した。同時に、ベラルーシとロシア両国外相会談が今月2日開かれ、3日にはロシアのミハイル・ミシュスティン首相がミンスクを訪問する、といった具合だ。
ルカシェンコ大統領はクレムリンの声と呼ばれる「ロシア・ツディ」(RT)の特派員らロシアのメディア関係者を招いてインタビューに応じるなど、サービスしている。ルカシェンコ大統領は、「国内が厳しい時、あなた方がミンスクで報道してくれることは大きな助けとなる」と感謝しているほどだ。
ルカシェンコ大統領はその後、治安部隊を動員して抗議デモ参加者を次々と逮捕しているが、ルカシェンコ6選に異議を唱える声はベラルーシ全土に広がり、大学生たちも参加してデモの集会規模は益々大きくなってきた。
独週刊誌シュピーゲル最新号(9月5日号)は「ベラルーシのルカシェンコ政権はなぜ倒れないのか」と問いかけ、2つの理由を挙げていた。一つはロシアのプーチン大統領の支援約束だ。特に、予備役部隊の創設表明だ。第2はベラルーシの反体制派内の分裂だ。ルカシェンコ政権の弾圧を恐れた反体制派活動家はリトアニアやポーランドに逃れるか、逮捕され、刑務所にいるかだ。その一方、大統領選のやり直しなどのベラルーシの今後の政情を話し合う調整評議会メンバーにも路線の対立が見られてきた。
今年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(37)はリトアニアに亡命。国外退去を拒否して拘束された反政権派の女性幹部マリア・コレスニコワ氏(38)は9日、治安当局から「命を奪う」と脅迫を受け、出国を拒否したために拘束されている。調整評議会メンバーのノーベル賞作家のスヴェトラーナ・アレクシィエビッチ氏(72)は9日、「ベラルーシ国民を愛し、誇りに思う」との声明を出し、自身が当局に拘束される日が近いことを示唆している。ミンスクからの情報では、アレクシィエビッチ氏の自宅前には治安部隊の車が監視し、いつでも拘束できる態勢を見せているという。
ベラルーシの反体制派活動家には政治に直接関わってきた人物が少ない。唯一、例外は元文化相で、外交官であった Pawel Latuschko 氏だが、現在、ポーランドに亡命中だ。26年間、独裁者が君臨してきたベラルーシでは本当の反体制派活動家や国民を指導できるグループは存在しない。
調整評議会も大統領選のやり直しを準備する目的のために即製されたものだ。コレス二コワ氏が新しい政党「共に」を創設する考えを表明すると、チハノフスカヤ氏はベラルーシでは新しい政党が認められないと指摘し、大統領選のやり直しに抗議を集中すべきだと述べるなど、評議会メンバーで運動の方針に違いが出てきた。
ルカシェンコ政権が倒れないもう一つの大きな理由がある。ベラルーシ大統領選の不正を批判し、反体制派活動を支援すべき欧州諸国の連帯が十分ではないことだ。欧州連合(EU)は反体制活動家の拘束の度、ルカシェンコ大統領を批判し、制裁をちらつかせているが、腰が引けているのだ。
その理由はベラルーシはウクライナとは違い、基本的には親ロシア傾向が強く、国民は反ロシアではないことだ。キエフのマイダン広場(独立広場)のデモ集会にはEUの旗を持参して参加した国民が多数見られたが、大統領選の不正に抗議するミンスクのデモではEUの旗を掲げる市民の姿は見られず、白と赤のベラルーシの国旗だけだ(「ベラルーシはウクライナではない!」2020年8月22日参考)。
EUは過去、対ウクライナ政策で過ちを犯した。キエフ政府にEU加盟をちらつかせ、ウクライナに自由貿易協定の締結を迫ったことだ。ウクライナの国力と経済力はEU加盟の条件からはほど遠い。その上、国家の腐敗体質は深刻だ。
ルクセンブルクのアッセルボルン外相は当時、「ロシアの欧州統合を促進せずにウクライナのEU統合を試みたのは間違いだ」と指摘している。ウクライナ内戦の責任の一部はEU側の非現実的な政策にあったというわけだ。そのため、EU側にはベラルーシに対して「ウクライナの失敗を繰返してはならない」という思いが強く、ベラルーシの反体制派への連帯にもう一つ躊躇しているわけだ(「ウクライナ危機では欧米も共犯者」2014年5月6日参考)。
そのような中、プーチン氏はベラルーシの政情を慎重に分析しながら、ベラルーシを事実上統合するロシア・ベラルーシ連邦国家の実現に向けて着実にコマを進めているわけだ。欧米諸国には目下、プーチン氏の野望を阻止する術がないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。