トランプ中東外交とノーベル平和賞候補

岡本 裕明

私にトランプ大統領の長所をあげよ、と聞かれたら「常識を破るチャレンジ精神」と申し上げます。ひと月ほど前、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化合意を発表した時、日本ではサラッとした報道だったと思いますが、欧米、中東では非常に重い意味があった重要な一歩でありました。

イスラエルとUAEの合意について発表するトランプ米大統領(ホワイトハウス公式サイトより:編集部)

それからほんのわずかの間にバーレーンとも国交正常化合意が為されたわけでトランプ大統領は思った以上に外交的手腕があるといわざるを得ません。個人的には大統領選がある11月3日までに最低でもあと一つ、オマーンかモロッコ、スーダンあたりが合意する可能性が出てきたとみています。

トランプ大統領は前回、米朝首脳会談を通じた和平工作でノーベル平和賞の受賞を狙ったとされます。安倍首相がその推薦状を書いたともいわれていますが、受賞には至りませんでした。トランプ氏はオバマ氏が平和賞を受賞したから自分だって貰ってもおかしくないと思っています。欲しいという願望が政策を進める原動力になればそれはプラスのチカラなので私は否定しません。しかし、本当に平和賞の受賞に値する功績が欲しければサウジが本丸だと思います。

朝鮮中央通信より:編集部

アラブ首長国連邦にしろバーレーンにしろ和平工作のアメリカ側の主役は娘婿で大統領上級顧問のジャレッド クシュナー氏でありました。この工作は昨日今日に始まったわけではなく、クシュナー氏をすでに2年半にもわたり、このプロジェクトの中心人物と据えてきました。クシュナー氏は不動産事業家であり、外交は未経験であり、本人もその大きな案件に躊躇していたもののトランプ氏が「君ができなくて誰ができる?」と押し込んだとされます。

トランプ氏はユダヤびいき、クシュナー氏がユダヤならば盟主イスラエルのネタニヤフ首相と連携をとるにはクシュナー氏は最適であります。ただ、それ以上にトランプ氏の家族への絶対的信頼感が背景にあるのだと察しています。トランプ政権で彼の側近はいったい何人辞めたでしょうか?しかし、家族の結びつきは頑強で長期的な安定感を持って対応できる点は強みであります。

今回の戦略はトランプ大統領のイラン攻めがその強い背景で援護射撃であったことは否めません。イスラムの世界でスンニ派とシーア派という二つの敵対する宗派がいがみ合う中でシーア派の本陣、イランを攻め立て、スンニ派の拠点であるサウジアラビアと米国がその密着感を醸し出し、身内の争いを誘いながらユダヤのイスラエルを「敵の敵は味方」という論法で落とし込んだわけです。

ところがアメリカがサウジをそう簡単に落とせないとされるのはサウジにもプライドがあり、サウジが仮にイスラエルと和平を結ぶなら中東の常識が崩れるほどの衝撃と権力問題が生じるからであります。今のところ、サウジがアメリカの和平工作に乗ってくる気配はありません。ただ、国家運営上、原油安で経済的に厳しい状況に追いやられていること、軍備をアメリカに頼っていることからサウジもかつての勢いはありません。ここにアメリカがつけ込み、近代技術を持つイスラエルが技術協力を申し出るようなことになれば常識の線は崩れないとも言えません。

では、最後の砦となるパレスチナはどうなるか、であります。クシュナー氏率いるチームが作った50ページにもわたる和平案は今年の初めにはすでに完成しているのですが、コロナもあり、まだその案に対して本腰を入れて交渉できる状況にありませんでした。また、その内容はあらかた公開されていますが、パレスチナが受け入れることは絶対にない内容とされます。

ただ、冒頭のトランプ大統領が常識を破るチャレンジ精神を見せ、ユダヤ、キリスト、イスラムの和平と共存の基盤を打ち立てればノーベル賞3本差し上げても惜しくない功績になります。同じ唯一神の兄弟という中でユダヤとキリストがそれなりに同居しているもののイスラムとは隔たりがあるのはエルサレム問題が残っていることが大きいと思います。ここで仮にイスラムのスンニ派だけでも取り込めるなら世界の様相は変わるでしょう。

ただし、イランを中心とするシーア派がその疎外感から過激化し、テロリズムとなりやすくなるリスクは大きくなると思います。

大統領選までに衝撃的な改善は起きないと思いますが、トランプ大統領がそれを次の4年で目指すなら民主党候補者が「完走」できない可能性すら取りざたされる中、誰がアメリカにとって価値ある大統領なのか、面白い切り口となりそうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年9月14日の記事より転載させていただきました。