ローマ・カトリック教会の最高指導者は通称「ペテロの後継者」と呼ばれるローマ教皇だ。その次に高位聖職者は枢機卿だ。現在200人余りの枢機卿がいる。次期教皇の選挙権を有し、コンクラーベに参加できる80歳未満の枢機卿は120人だ。その1人、バチカン列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ枢機卿が24日夜(現地時間)、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇は辞任申し出を受理したという。辞任の理由は明らかになっていない。72歳で枢機卿としてはまだ若く、次期コンクラーベに参加できる資格があるが、「全ての枢機卿としての権利を放棄する」という。
イタリア人のべッチウ枢機卿はバチカンでは最もパワフルな聖職者と受け取られてきた。その枢機卿に何があったのだろうか。バチカンニュースは25日、同枢機卿の辞任ニュースを僅か数行の短信で報じただけで、追報も解説記事もない。何か通常ではないことを強く示唆しているわけだ。
司教が辞任を申し出た場合、ローマ教皇は通常、その司教の申し出を受理するか、時には保留する。しかし、枢機卿が辞任を表明すること自体、非常にまれだ。最近では、米ワシントン大司教区の元責任者セオドア・ マカリック枢機卿が2018年、未成年者への性的虐待容疑から枢機卿職を辞任している。同枢機卿はフランシスコ教皇の友人サークルに入る聖職者だ。今回のべッチウ枢機卿はフランシスコ教皇が2018年6月、枢機卿に任命した人物であり、非常に信頼してきた枢機卿だった。
べッチウ枢機卿の場合、考えられる辞任理由は英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での不正容疑だろう。同枢機卿自身は辞任後の記者会見で「不正はしていない」と容疑を否認しているが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれている。金融情報局のレーネ・ブルハルト局長は辞任している。バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだ。
ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。
フランシスコ教皇は昨年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「バチカン内部の告発で明らかになった」という。2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。教皇は、「私は投資活動には反対ではないが、合理的な資金管理が重要だ」と述べている。2014年に投資した不動産ビジネスは最終的には赤字となった。
べッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送った疑いがある。同枢機卿の辞任はそれらの疑いが確認された結果、と受け取られているわけだ。同枢機卿は記者会見で「フランシスコ教皇は、私に『あなたをもはや信頼することができない』と述べた」と明らかにしている。
フランシスコ教皇が信頼して列福聖省長官に抜擢し、枢機卿に任命した人物の不正問題は教皇にとっても心苦しいだろう。しかし、今回が初めてではないのだ。前述した米教会のマカリック枢機卿もフランシスコ教皇の友人の1人だった。同枢機卿は未成年者の性的虐待容疑で辞職に追い込まれている。
それだけではない。フランシスコ教皇が新設した財務省長官に任命したジョージ・ペル枢機卿が1990年代に2人の教会合唱隊の未成年者に性的虐待を犯したとして昨年3月、禁錮6年の有罪判決を受け収監された(幸い、裁判では今年4月、無罪を勝ち取った)。
フランシスコ教皇には人を見る目がないのか、偶然、人選ミスが続いただけなのかは分からないが、南米出身の教皇は人選では運がない。いずれにしても、明確な点は、教皇には任命責任と説明責任があることだ。特に、今回の場合、後者が問われる。バチカンが通常の国ならば、任命した大臣が次々と辞任したり、スキャンダルを出した場合、その首相は政権を維持できなくなるだろう。
べッチウ枢機卿の話に戻る。枢機卿を含む高位聖職者は未来のために貯金する必要はない。教会に忠実である限り、天国に行くまで終身保証された身だからだ。その枢機卿がこの世の財宝に惑わされたり、不正活動をするとすれば、枢機卿の周辺の家族、親族、友人からの影響が多い。べッチウ枢機卿の場合もそうではないか。一種の縁故主義だ。
忘れてはならない点は、教会の公金は信者からの献金が主だ。フランシスコ教皇は最高指導者として世界の信者の前でべッチウ枢機卿らが絡んだ不正問題について説明する責任がある。カトリック教会は過去、聖職者の未成年者への性的虐待問題を隠蔽してきた。今回、全容を公開せずにうやむやに対応するようなことがあれば、教会は信頼回復の道を完全に閉ざすことになるだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。