ワシントンの米連邦地裁は現地時間9月27日11時59分、同日に米政府が発動しようとしていたTikTokの配信禁止措置をすんでの事で一時差し止めた。他方、TikTokが進めている売却が成立しない場合、11月12日に全面禁止するとの米政府の措置については差し止めを命じなかった。
米政府が上訴する可能性があるが、一旦TikTokの配信禁止は免れた。今後は11月12日に向けて売却交渉が進められることになるが、TikTokを運営するバイトダンスはこれを提携交渉と称しつつ、中国が8月28日に突然改定した技術輸出の禁止や制限の認可申請を同政府に求めている。
8月29日の環球時報が、改定は「輸出制限品目に23の最先端技術を追加する。米中の緊張が高まった時期に明らかになった、中国に敵対的な立場をとる国や地域に対する輸出管理の規制基盤を強化するもの」と書いているように、米国の一連の対中攻勢への意趣返しに相違ない。
とすれば、中国はTikTokの米国事業を犠牲にしても、TikTokの輸出申請を認可せずに、習近平の体面を保とうとする可能性がある。あるいは、米国事業は売却するにしても、核心のアルゴリズムだけは中国本社からライセンスするなりの措置が採られるだろう。
トランプはTikTokが「米国の国家安全保障を損なう脅迫行動を取るかも知れないと私を信じさせる証拠がある」と明言する。念頭には中国の「国家情報法」と「サイバーセキュリティー法」がある。最低でも、中国が支配する会社で顧客データが保存されないこと、が前提条件になるはずだ。
「国家情報法」は第十条で「国家情報活動機構は、業務上の必要に基づき、法に従い必要な方法、手段、経路を利用し、国内外で情報活動を行う」旨を規定し、第七条で「国民と組織は、法に基づいて国の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らなければならず、国はそのような国民及び組織を保護する」旨を規定する(令和元年六月十八日提出、衆議院質問第二四九号)。
「サイバーセキュリティー法」は、15年7月の全人代常務委員会で成立した「国家安全法」のインターネットに関する第25条(サイバー攻撃や人権・民主主義の啓蒙やデモの呼びかけなどの「有害情報」に対し、インターネット空間を国境のように閉鎖し、その「主権」内における管理を強化する)に沿って設けられた。
その第37条には「個人情報および重要データを中国国内に保管する義務」が謳われ、また国内の外国企業も国外とみなされる。米国は17年9月、WTOに対し第37条のデータ越境セキュリティ評価制度に関し、個人情報や重要データの中国国外への輸出に関するセキュリティ評価に懸念を通知した。
これらに対して19年2月、中国外交部耿爽報道官は以下の釈明をした(人民日報)。
国家情報法第7条は「いかなる組織及び国民も法に基づき国家情報活動を支持し、これに協力し、知り得た国家情報活動の秘密を守らなければならない」と定めている。だが続く第8条で「国家情報活動は法に基づき行い、人権を尊重及び保障し、個人及び組織の合法的権益を守らなければならない」と明確に定めてもいる。
だが国家や憲法の上位に共産党がある中国のことだから、何でもあり、と弁えねばならぬ。その点、大統領が「国際緊急経済権限法(IEEPA)」に基づいて出した禁止令を、WeChatでは「中国の脅威は考慮すべきだが、WeChat固有の証拠は少ない」として裁判所が差し止める辺り、体制の違いが滲む。
「IEEPA」の「§1702 大統領の権限」の(B)には、「外国、その外国の国民が権利を有している財産又はその取引についての、又は米国司法権の対象である財産に関する、取得、保留、使用、移転、回収、輸送、輸入、輸出、売買、権利、権限又は特権を、何れかの者が行使することについての調査、調査が未決の場合の封鎖、規制、命令、強要、破棄、無効化、防止、禁止」とあり、トランプは今回これを適用したとされる。
因みに(C)には「米国が交戦状態にあるか、又は外国又は外国の国民に攻撃されたとき、このような米国に対する交戦状態、攻撃を計画、認定、援助したと大統領が判定した外国人、外国組織の持つ米国の司法権の対象である財産を没収すること(以下略)」などとあり、中国保有の米国債も対象だ。
トランプが、中国企業であるTikTokが中国の法律に基づいて「米国の国家安全保障を損なう脅迫行動を取るかも知れない」と考え、自衛措置を講じるのは国家の指導者として当然といえる。
ところが、この本質に触れているメディアはそう多くない。管見の限りだが正面からこれを論じているのは、米国政治メディアPOLITICOが9月15日の「Trump’s TikTok Policy Is Just a New Kind of ‘Security Theater’」で次のように書いているくらいか。
TikTokの売却命令は、中国政府がTikTokに数千万人の米国市民に関するデータを提出するよう強制する可能性があるため、米国の国家安全保障に対する脅威が存在するという弱々しい葦を根拠にしていた。・・米国の裁判所が米国のハイテク企業に顧客に関する情報を引き渡すよう命じることができるのと同じように、中国政府は、その会社にアクセスを提供するよう命じることができるが、中国の場合、データは法的制約によって、より広範であり制限されない可能性がある。(拙訳)
トランプは、中国が「国家情報法」第7条・第10条と「サイバーセキュリティー法」第37条を見直すか、あるいは中国のいくつかのITユニコーンの米国事業が中国の支配を離れるかしない限りは、今後も同種の政策を採り続けるだろう。
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世間にはトランプが国内法を使って華為を中国圏に押し込めつつあることを以て、米中を「同じ穴の狢」とする論がある。外形的にはそうとも言えよう。
だが、独裁の共産中国と違って民主主義の米国は、トランプが国民の支持を失えば失脚し、政策も変わる。それで中国は陰に陽に米国の分断を試みる。だからこそ自由と法の支配を享受したい者は、11月3日のトランプ勝利を願う必要がある。華為やTikTokやWeChatが使えなくなるくらいのことで、事の本質を見失ってはならない。