ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)から週報(10月2日)が届いた。その中で「感染病と核科学が如何に貢献できるか」というタイトルの記事が目を引いた。IAEAといえば、イランや北朝鮮の核関連活動とその検証問題がメディアの話題を独占するが、IAEAの核関連技術の平和利用、特に医療分野での貢献は余り知られていない。
故・天野之弥事務局長は2009年12月、事務局長に就任直後、「核技術の医療応用は重要な課題」と表明し、開発途上国にがん対策として核関連医療技術の支援に力を注いだ。
ちなみに、天野氏の事務局長就任最初の外国訪問先はナイジェリアで、がん対策への核医療支援問題が議題だった。IAEAは「核エネルギーの平和利用の促進」を創設目的に掲げている。その意味から核関連技術の医療分野への応用は本来、IAEAのメインストリームといえる(「IAEAのもう一つの顔」2012年2月4日参考)。
今回、新型コロナウイルス(Covid-19)の感染対策への核科学の貢献について、IAEA週報から簡単に紹介したい。専門家ではないので、不十分な訳文と紹介になったかもしれない。
感染症は、病原体、バクテリアやウイルス、その他、寄生虫や真菌など微生物が主因で起きる健康状態を指す。それらが体の中に侵入するとその病原体は増殖し、体の正常な機能を妨害する。病気のタイプ、その重症度は病原体とその人あるいは動物によって異なる。
例えば、Covid-19の場合、ある者は無症状、ないしは軽症(疲労感や体の痛み)で留まるが、重症化し、体を衰弱させ、死に至らすケースも出てくる。
感染症は病原体によって起きるが、それらは人から人へ、動物から動物へ、そして動物から人へと感染を広げていく。また生物、虫類も病原体を運び、広げることができる。人間に影響を与える感染症の60%以上は動物から発生したものだ。科学者は、動物の新しい病気の75%以上は人獣共通感染症(Zoonotic)で、動物から人間に感染したものであるという。毎年、世界で約26億人がZoonoticになっている。そのうち、ほぼ300万人が亡くなっている。最も知られているZoonoticはエボラ、 重症急性呼吸器症候群( SARS)、そしてCovid-19だ。
人も動物も国境に関係なく移動するため、感染症は持続的な脅威となる。新しい病気や病原菌株が出現し、古いものは消え、後日再現する。病気や病原体には複数の菌株やバリエーションがあり、常に進化しているため、科学者や医師はそれに合わせて対応しなければならない。
病気が発病すれば、人間や動物の健康や生命にダメージを与え、経済にも影響が出てくる。それらの影響はしばしばグループによって不釣り合いに現れる。例えば、脆弱なグループ、子供たちや貧困者、高齢者、既成の疾患を有し,免疫システムが低下した人々だ。感染症で最も多くの犠牲者は開発途上国だ。特に、貧しいコミュニティーだ。
人類は今日、以前には考えられないほど感染症のリスクが高い。グロバリゼーション、人口拡大、そして都市化は、人が昔以上に移動し、互いに交流して生きていることを意味する。その一方、森林破壊、地球温暖化、移民、畜産業は人間と動物の障壁を縮小させる。すなわち、人獣共通感染症の発生危険度は高まっているわけだ。
病原体の中には抗生物質への耐性が強く、新しい病原体には利用可能なワクチンや治療もないため、感染病の対応が難しい場合が出てくる。多くの国では拡大する感染症の初期段階で正しい診断を下す設備や技術が乏しい。
早期発見は感染症拡大を防ぎ、パンデミックの発生を抑える上でキーポイントだ。その点からいって、核関連技術は信頼できる道具であり、人獣共通感染症の検査、予防、発見を支援できる。
もっとも広く使用され、正確な検査診断テストはreal time reverse transcription–polymerase chain reaction (real time RT–PCR)、リアルタイムPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)だ。この核関連技術は病原体の特定の遺伝物質の有無を見つける際に利用される。患者や動物から入手したサンプルの中に見つかった病原体の遺伝物質を検証することで診断が下される。
病気の中には初期段階では症状がまったく出ない場合がある。だから、誤診されるケースが多くなる。医療画像処理(Medical Imaging)、例えば、放射線学や核医学は迅速に正確に病気を診断し、持続的に監視するために利用される。Covid-19の治療でも利用されている。また、核関連技術を生かした虫類(蚊など)の受胎調節法(sterile insect technique )は、潜在的な病原媒介生物による疾患の拡大を防ぐことができる。
ワクチンの中には病原体の不活化バージョンを含み、一旦体に入れば免疫システムを活性化するものもあり、感染病との戦いを支援する。放射線は病原体の構造に影響を与えることなく不活化できるから、動物の病気対策で不活化ワクチンが利用できる。
IAEAは2020年6月、人獣共通感染症統合活動( ZOonotic Disease Integrated ACtion、ZODIAC)をスタートさせた。目的は、世界食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、国際獣疫事務局(OIE)などと提携し、加盟国に対し、人獣共通感染症の早期発見、診断、予防、管理の能力を強化することにある。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。