非経済的価値の創造による成長戦略

多くの分野において、消費を刺激するためには、技術製品の機能高度化ではなくて、何か全く別のことが求められている。が何であれ、経済合理性や実用性とは次元が異なるものである。おそらくは、文化的なもの、経済的価値に還元され得ない非経済的価値の創造につながるもの例えば、自動車の燃費等の走行性能の改良ではなく、運転する喜びのようなものである

もはや、自動運転や脱ガソリン車の方向を変えることはできないから、自動車産業の構造が抜本的に変わることは不可避である。そういうなかで、構造転換による機能面の本質的革新は、大きな新規需要を創造するだろう。おそらくは、自動車産業は、全く別の交通システム産業に生まれ変わり、全く別の軌道の上で成長していくのである

もちろん、ガソリンエンジン車は、直ちに完全に消滅するわけでもないが、機能面の高度化に向けた技術開発では生き残れなくなから、自動運転や電気自動車では実現できない固有価値体現できなければならない。例えば、発想の根本的な転換により、運転者が機械と一体化したかのような錯覚を起こし、自分自身が走行しているかのような躍動感をもたらし、運転する喜びを与える技術の開発である

この技術開発のなかでは、エンジン音や振動は全く異なる視点で再評価される。それらは運転する喜びの重要な要素をなしている可能性があるからである。エンジン音や振動には、運転性能面からする機能的価値は全くないが、運転を楽しむ人間には、非経済的な価値がある。しかも、この非経済的価値は、新たな需要を創造し、非競争的な価格設定を可能にすることで、大きな経済価値に転化し得るのである

今どき、車の運転を楽しむ人も減っているのであろう。しかし、事業の要諦は市場を厳格に特定することから、一方で、自動車産業の主流が機能の抜本的革新が作り出す交通システムを大きな未来の市場として特定し、そこに経営資源を投入するのならば、他方で、喜びとしての自動車の運転という市場を定めて、そこにこだわる企業があってもいいはずである

更には、運転の喜びを与えてくれる車がなくなったことによって、車の運転に喜びを感じる人減少したかもしれず、運転の喜びを再興することで、新たな市場を創造できる可能性もないとはいえない。所詮、事業は永遠にリスクテイクなのである。運転の喜びに賭けて成功しても失敗しても、運転の喜びに賭けること自体がクルマ屋の喜びであろう。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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