毒殺未遂事件後初、ナワリヌイ氏の「証言」

独週刊誌シュピーゲル最新号(10月2日号)はロシアの著名な反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)と、毒殺未遂事件後、初めての単独インタビューに成功した。ベルリンのシャリティ病院で治療を受けてきた同氏は旧ソ連の軍用神経剤「ノビチョク」を投与された瞬間の状況や毒殺未遂事件の背後、今後の活動などについて語っている。以下、シュピーゲル誌のインタビュー記事(Ich weiss ,ich bin tot))の概要を報告する。

ナワリヌイ氏とユリア夫人(2020年10月6日、ベルリンで=ナワリヌイ公式サイトから)

インタビューは写真を入れて8頁に及ぶ。会見場所はシュピーゲル誌の編集本社。早朝6時にシュピーゲル誌の2記者とインタビューを始めている。会見はドイツ連邦警察身辺警備担当の4人の特別警察員が常時監視している中で行われた。

先ず、同氏の毒殺未遂事件の経緯を簡単にまとめておく。ナワリヌイ氏はシベリア西部のトムスク市を訪問し、そこで支持者たちにモスクワの政情や地方選挙の戦い方などについて会談。そして8月20日、モスクワに帰途の途上、機内で突然気分が悪化し意識不明となった。飛行機はオムスク市に緊急着陸後、同氏は地元の病院に運ばれた。症状は毒を盛られた疑いあったが、病院では代謝障害と診断。ナワリヌイ氏の家族がドイツで治療を受けさせたいと要求したが、「患者は運送できる状態ではない」と拒否された。最終的には8月22日、ベルリンのシャリティ大学病院に運ばれ、そこで治療を受けている。

ベルリンのシャリティ病院はナワリヌイ氏の体内からノビチョクを検出し、何者かが同氏を毒殺しようとしていたことを裏付けた。英国、フランス、そしてオランダ・ハーグの国際機関「化学兵器禁止機関」(OPCW)はベルリンの診断を追認した。一方、ロシア側は旧ソ連軍用の神経剤が検出されたにもかかわらず、毒殺未遂事件への関与を否定してきた。

ナワリヌイ氏は現在の体調について、「事件後、12キロ体重が減ったが、コンディションは快方に向かっている」という。治療を担当したシャリティ病院の医師によると、「90%回復できるだろう。ひょっとしたら、100%も可能だ」という。シュピーゲル誌のモスクワ特派員は、「ナワリヌイ氏の声は昔と変わらない。彼の特有のユーモアや皮肉も戻ってきた」と証言している。

ナワリヌイ氏自身は、「看護師には可能な限り、自力でやりなさいと助言された。階段も登れるようになった。毎朝、トレーニングしている。ただ、水を飲もうとすれば、手がまだ震えるので,両手でコップを掴まなければならない」という。また、「睡眠薬を飲まないと眠れないという人を昔は理解できなかったが、事件以来、自分も睡眠薬のお世話なしでは眠れなくなったよ」と自嘲気味に述べ、「睡眠が大きな問題だ」と語った。

同氏はベルリンの病院に運び、治療してくれたドイツに感謝し、「ドイツが自分にとって特別の国になった」と述べた。特にメルケル首相が突然、自分の病室を訪ねてくれたことを明らかにし、メルケル首相に感謝を伝えたという。メルケル首相は、「自分のやらなければならない義務を果たしただけです」と語ったという。

「ノビチョク」を飲まされた直後、意識不明に陥り、機内で倒れたが、「痛みは全く感じなかった、ただ、自分は終わりだなということが分かっただけだ」と証言する。同氏に利用された「ノビチョク」は限定された範囲にだけに影響を与える(neue Version)用に製造された新型ノビチョクではないかという。

毒殺未遂事件の背後について、ナワリヌイ氏は、「プーチン大統領の関与以外に考えられない。ノビチョクを製造し、その使用を命令できる人物はロシア連邦保安庁(FSB)とロシア対外情報庁(SWR)のトップだけだ。もちろん、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の関与もあり得る」と指摘する。ちなみに、GRUは英国で2018年3月4日、亡命中の元GRUのスクリパリ大佐と娘が、英国ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見され、調査の結果、毒性の強い神経剤が犯行に使用されたことが判明したが、GRUの関与が当時、囁かれたことがある(「英国のスクリバリ事件の『核心』は?」2018年4月21日参考)。

すなわち、ナワリヌイ毒殺未遂事件に使用されたノビチョクを製造し、使用できるのはFSB、SWR、GRUのトップの3人しかおらず、彼らはプーチン氏の命令のもとに動く立場にある。「もしノビチョクの製造・使用で3人ではなく、30人が責任を持っているとしたら、それこそ恐怖以外の何物でもない」という。

それではなぜロシア国内でナワリヌイ氏を毒殺しなかっのか、なぜドイツに出国させたのか、という疑問が湧く。それに対し、ナワリヌイ氏は、「ロシアは自分をドイツに運ぶことを2日間ほど止めた。それは48時間で体内のノビチョクの痕跡が消え、検証できなくなるだろうと考えていたのではないか。また、世界のメディアが事件を報道したこともあって、ベルリン行きを拒否すれば、ロシア側の関与を認めることにもなるからだ」という。

ナワリヌイ氏は体調が回復次第、ロシアに戻るという。「自分が亡命すれば、プーチン大統領は目標を達成したことになる」と強調。「私は移民反体制派活動家にはなりたくない、具体的な活動をする政治家でありたい」と述べた。同氏の次の目標はロシアで実施される2021年の国会議員選挙(ドゥ―マ)対策だという。なお、同氏のユ―チューブ番組「ナワリヌイ・ライブ」は400万人以上の支持者が会員となっている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。