コロナより深刻? バチカンを揺さぶる3件の「事例」

cantante/写真AC:編集部

欧州全域で新型コロナウイルスの感染が急増し、どの国もその対応に没頭、ロックダウンを実施せざるを得ない国も出てきた。多くの国が新型コロナの新規感染の急増であたふたしている中、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカンも落ち着きを失ってきた。新型コロナゆえではなく、3件の一大事が短期間に生じて、その対応に苦しんでいるからだ。

サン・ピエトロ広場から眺めている限りでは、聖ペテロ大聖堂はその輝きを失っていないが、バチカン内部では困惑と動揺、そして一部の聖職者からは怒りの声すら聞こえてくる。以下、バチカンを揺さぶる3件の事例を簡単にまとめる。

時間の経過に基づいて紹介する

①バチカン内で権勢を誇ってきた列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチー枢機卿(72)が突然辞任した。同長官は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた時代の財政不正問題が躓きとなって、9月24日、自ら辞任をフランシスコ教皇に申し出、受理された。

バチカン消息筋によると、べッチー枢機卿はフランシスコ教皇が新設した財務省のトップに抜擢されたペル枢機卿を追放するため、オーストラリア教会大司教時代のペル枢機卿の未成年者への性的虐待問題を煽り、同枢機卿の性犯罪の犠牲となった証人に何らかの金銭を与えて、裁判で証言するように説得したという。証人を買収したわけだ。ぺル枢機卿は今年4月、逆転判決で無罪を勝ち取った。同枢機卿は今月12日、バチカンに戻り、フランシスコ教皇と謁見している。

財務長官と列聖省長官の後任は既に選ばれている。今後、辞任したベッチー枢機卿の巻き返しがなるか、ぺル枢機卿の名誉回復と復権が可能か、バチカン内の財政不正問題の解決など、問題は山積している(「2人の枢機卿が演じた犯罪ドラマ」2020年10月8日参考)。

②バチカンと中国共産党政権は2018年9月22日、司教任命権問題で北京で暫定合意(ad experimentum)したが、合意期限が失効する今月22日を前に、パロリン枢機卿は21日、「2年間、暫定的に延長する」と明らかにした。同時期、中国共産党政権も公式に発表した。欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを批判する声が聞かれる。

バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産党政権と一体化した「中国天主教愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。それが2018年9月、司教の任命権でバチカンと中国は暫定合意した。

バチカンは「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意した。暫定合意はバチカン側の譲歩を意味し、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。

③フランシスコ教皇は同性愛者の婚姻に対し、法的保護を支持する考えを明らかにし、バチカン内の保守派聖職者をパニックに陥らせている(オーストリア神学者パウル・ツーレーナー氏)。「神は全ての人々を抱擁する生き生きとした教会を願っている」として、同性者の権利を尊重しなければならないという声が聞かれる一方、保守派聖職者からは、「カトリック教義に基づけば同性愛は容認されない」として教皇の脱線発言に反発している。

今回、一人の高位聖職者が語ったのではなく、“ペテロの後継者”であるローマ教皇が同性愛者の法的保護を主張したのだ。バチカン内では改革派と保守派で混乱が生じてきた。米教会のニューヨーク大司教であるティモシー・ドーラン枢機卿ら保守派聖職者から強い反発が予想される。

フランシスコ教皇は21日、ロシアの監督の新しいドキュメント映画(フランシスコ)へのインタビューの中で、「同性愛者も神の子であり、婚姻して家庭を築く権利がある」と発言している。同時に、教皇は従来の男性と女性の婚姻の価値を評価する発言をしてきた。

バチカン関係者は、「教皇の発言は、同性愛者への差別を排除し、その権利を擁護する一方、教会は男と女の婚姻を促進するという内容だ。その点、フランシスコ教皇の発言は何も新しくない」という。

南米出身のフランシスコ教皇は過去、多くの問題発言をしてきた。同性愛問題でも教皇就任の年(2103年)、「同性愛者にああだ、こうだといえる自分ではない」と述べ、同性愛者に対し寛容な姿勢を示した。少なくとも、同性愛を認めない前法王ベネディクト16世とは明らかに違っていた。ただし、フランシスコ教皇はカトリック教義に反する決定はしていない。リベラル派聖職者の要求、例えば聖職者の独身制の廃止などといった要求に理解を示す一方、その改革にまでは踏み込んでいない。同性愛者の権利擁護発言もそのようなカテゴリーから判断すべきだろう(「教皇は『同性愛』を容認しているか」2018年12月5日参考)、「同性愛者の元バチカン高官の『暴露』」2017年5月11日参考)。

上記の3件の事例の中で、③はメディア受けするニュースだが、実質的な衝撃度はほとんどない。問題は①であり、外交的には②だ。特に、①は2年前のフランシスコ教皇の辞任を要求した「ビガーノ書簡」に匹敵するインパクトのある出来事だ。

通称「ビガーノ書簡」とは、元バチカン駐米大使カルロ・マリア・ビガーノ大司教がまとめた書簡だ。ビガーノ大司教はその書簡の中で米教会のマキャリック枢機卿が2001年から06年までワシントン大司教時代に、2人の未成年者へ性的虐待を行ってきたことを暴露する一方、その事実を隠蔽してきたとしてフランシスコ教皇に辞任を求めたショッキングなものだ。その「ビガーノ書簡」は、バチカンばかりか世界のカトリック教会を震撼させる大事件となった(「『ビガーノ書簡』巡るバチカンの戦い」2018年10月8日参考)。

世界は今、新型コロナ感染の猛威に大揺れとなっているが、世界に13億人の信者を擁するローマ・カトリック教会の総本山バチカンでは2年前の「ビガーノ書簡」の動揺がまだ収まらない中、今年8月以後、次々と不祥事や教皇の脱線発言が報じられ、バチカン内のリベラル派と保守派聖職者の間で再び対立が先鋭化してきた。バチカンの一部では、「次期法王選出会(コンクラーベ)の開催は案外近いかもしれない」という声も聞かれ出している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。