富山県知事選は25日投開票され、無所属新人の前日本海ガス社長の新田八朗氏(自民党の一部、維新支援)が、5選を目指した現職、石井隆一氏(自民県連、公明県本部、国民民主県連推薦)、新人のNPO代表、川渕映子氏(共産、社民支援)を破り初当選を決めた。NHKニュースが同日20時過ぎ、新田氏の当確を速報した。
半世紀ぶりの保守分裂で全国的な注目を集めた大激戦。前回は過去最低の35.34%にまで沈んだ投票率も、今回は、期日前投票の出足は前回の2倍を超え、当日も合わせた投票率は60.67%。1996年以来(63.16%)となる60%の大台に到達する関心の高さだった。
新田氏は昨年12月、いち早く今回の知事選に名乗りを上げ、新田氏が後援会長を務めてきた森雅志富山市長を中心に、富山市内の自民党勢力が当初から手厚く支援してきた。石井氏はその約半年後、6月の県議会で正式に出馬表明。両者がともに自民党の推薦獲得を争い、自民党富山県連は石井氏続投を支持する形に。
しかし、新田氏も引き続き戦うことを決め、今回の知事選は1969年以来の保守分裂選挙の構図になった。亀裂は中央政界にも及び、新田氏には森喜朗元首相が、石井氏には麻生太郎副首相兼財務相がそれぞれ応援に入るなど大物をも巻き込んだ。
地元紙が終盤まで評した情勢は「横一線の激戦」。ところが蓋を開けてみれば、NHKの当確が大河ドラマの放送開始直後に出るというスピード展開になった。新田氏と石井氏の票差が予想以上に広がり、投票率が上昇した分の多数が雪崩を打って、新田氏支持に流れたかたちと言える。
「決戦」の地、高岡の攻防
「選挙戦」という点で振り返ると、県内第2の都市、高岡市の攻防が、まさに西南戦争で言う“田原坂”のような決戦となった。
人口数16万は、県都富山市の41万に次ぐ規模。新田氏は早くから富山市を抑えたものの、知名度で優位に立つ石井氏と戦う上で、県内全体に支持を広げられるかがカギだった。実際、7月時点で、地元メディアの北日本新聞と北日本放送が合同で行った世論調査では、県内全体では「石井氏リード」と伝えていた。
こうした情勢を受け、新田陣営は告示日にいち早く高岡に入って遊説するなど敵方の地盤切り崩しに着手。北日本新聞によると、告示後1週間で県西部を重点的に回り、約50カ所で演説を重ねた。地上戦では、高岡ガスの菅野克志社長ら地元経済界でのネットワークをフル活用し、浸透を図った。
一方、石井陣営は、高橋正樹市長、そして前市長で、地元選出の自民党、橘慶一郎衆議院議員らを中心に拠点の高岡を譲るまいと防戦を展開、電話作戦等で組織固めをはかった。
しかし富山新聞が20日時点で伝えた情勢では、新田氏が富山市とともに高岡市でも優勢に立っていることが判明。最終確定票を見ても、高岡市の両者の得票率は新田氏が56%で、石井氏の39%を凌駕。これは県全体の得票率(新田氏53%、石井氏41%)と比べても、新田氏がアウエーでも無類の強さをみせたと象徴といえそうだ。
「県庁ぐるみの疑惑」どうなる?
今回、富山県知事選が異例の注目を集めたのは、アゴラが報じてきたように、現職石井氏の選挙準備に県職員が関与していた可能性を示す疑惑がきっかけだった。
アゴラは告示直前の6日、立候補予定者討論会の想定問答や、知事政策集の下書きファイルが県庁の公用パソコンで作成され、庁内ネットワークに存在する疑惑を報じ、公選法や地方公務員法で定める公務員の政治的中立性に抵触する恐れを指摘した。石井氏は同日夜に地元メディアの記者会見に応じ、作成の指示は否定したが、文書が存在することは認めた。
【特報】富山知事選、県職員が現職の選挙準備関与?「証拠」独占入手(追記あり)
これにより、地元メディアも読売以外の大半が報じる結果となったが、そのまま選挙戦に突入。問題はペンディングされるかに見えたが、石井氏や県幹部が疑惑を否定していることが報じられると、それに反発した県職員などからアゴラ編集部に続々と情報が提供された。
そして、選挙戦終盤にかけて浮上したのが、告示の1週間ほど前に、石井陣営のネット動画の視聴参加を呼びかける文書を、副知事が幹部に配布していた事実だった。
この文書は石井選対から副知事に提供されたもので、副知事はこの配布について候補者の政策情報の収集であることを強調。選挙運動目的を否定し、個人的に付き合いのある幹部に限っての配布だとしているが、ほかに庁内に文書が出回っている可能性も排除できず、実態は不明だ。
知事交代により、体制刷新がはかられそうだが、石井氏の知事としての任期満了は11月8日。先に存在が判明した想定問答などの文書について、アゴラ編集部が情報公開請求をしたところ、石井知事は19日付で非開示を決定しており、知事交代までの約2週間、疑わしい文書が無事に保全されるかどうか極めて憂慮される。
数々の「闇」は解明されるのか。万一、県庁内で職務上位者が部下に対し、石井氏に投票、もしくはそれに準じるような働きかけを行っていれば、公選法で禁じる公務員の地位利用に抵触する可能性がある。
「地位利用」超大物政治家の地元での先例
地位利用は数ある選挙違反事件の中でも捜査上の立証が難しいとされるが、2000年に和歌山県有田市で起きたケースでは、「公示前」の文書配布が立件されている。
この事件は、同市役所で同年5月、当時の市長が部長らの幹部を集めた会議で、近く行われる衆院選に地元の和歌山3区から立候補予定だった保守党(当時)現職議員の後援会に加入するよう入会申込書などを配布させたことが地位利用に抵触した。
この「和歌山3区の現職」はいまも議席を守り続けている。のちに自民党に返り咲き、いまや永田町の超大物になった二階俊博・幹事長のことだ。
二階氏としては“貰い事故”のような案件かもしれないが、市長は和歌山県警の調べに対し、容疑を認め、「有田市発展のために中央とのパイプを太くしたかった」などと供述。事件で助役が逮捕され、部長らも罰金や公民権停止の略式命令を受けたが、市長自身も引責辞任の後に在宅起訴され有罪となった。
なお、この事件は読売新聞が同年7月、大阪本社版朝刊の1面トップでスクープ報道した。読売は伝統的に地位利用事件に強く、翌年も長野県知事選を巡って長野県庁で起きた事案で、東京本社管轄の長野支局が地元紙を出し抜く活躍を見せた。
今回の富山の事案で、石井知事がアゴラの報道を受けて釈明した記者会見を、読売新聞の富山支局は、県政記者クラブのマスコミ各社でなぜか唯一報道していないが、その報道動向も注目を集めそうだ。
【26日0:25更新】確定票を入れて一部更新しました。