独連邦憲法擁護庁(BfV)によると、ドイツ国内でイスラム過激派とみられる人物は約2万8000人いると推定され、そのうち2060人はテロ活動の潜在的危険性があると受け取られている。刑務所に拘留されているイスラム過激派は約100人だ。
100人余りのイスラム過激派のうち、ザクセン・アンハルト州には2人が刑務所に拘留され、以下、ザクセン州3人、バーデン・ヴュルテムベルク州4人、ベルリン州、ハンブルク州、そしてシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州は各5人、ラインランド・プファルツ州6人、ニーダーザクセン州12人、ノルトライン・ヴェストファーレン州17人、バイエルン州31人が刑務所に拘留されている。
BfVのトマス・ハルデンワンク長官は、「われわれはイスラム過激派の動向の掌握に全力を投入している」という。2万8000人のイスラム過激派の中でも潜在的テロの危険性がある2060人の監視に力を注いでいるという。
バイエルン州のヘルマン内相(「キリスト教社会同盟」=CSU)は連邦政府に対し、イスラム過激派を強制送還できる条件の明確化を求めている。今春開催された内相会議では、「シリア人の送還ストップ」の期限が延期されたばかりだが、「送還ストップが有罪判決を受けたイスラム過激派の身分保証となってはならない」と強調している。
独連邦議会の野党「自由民主党」(FDP)のコンスタンティン・クーレ議員は、「10月4日、ドレスデンで起きたテロ事件の容疑者はわが国に2015年に入国した以降に過激化している」とし、イスラム教徒の過激化プロセスを監視すべきだと主張している。具体的には、インターネット、イスラム寺院、刑務所がイスラム教徒の過激化拠点となっている現状への解明だ。
同議員は、「国内のイスラム教徒の共同体がイスラム過激派防止で重要な役割を果たすべきだ。共同体が過激派への早期警告システムを構築して、イスラム過激テロ防止で貢献しない限り、テロ対策は成功しない」と強調した。
ドイツではここ数年、国内の極右過激派への警戒心が高まってきた(「極右過激派殺人事件に揺れるドイツ」2019年6月28日参考)。クランプカレンバウアー国防相は今年6月30日、エリート部隊の独陸軍特殊部隊(KSK)に極右派傾向の隊員が多数潜伏していることを明らかにしたばかりだ(「独軍特殊部隊に潜伏する極右過激派」2020年7月2日参考)。
ドイツでは2015年までイスラム過激派テロ事件は発生しなかったが、16年に入り、独南部バイエルン州のビュルツブルクで7月18日、アフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせた。同じバイエルン州のアンスバッハでは同年7月24日、シリア難民の男(27)が現地で開催されていた野外音楽祭の会場入り口で持参した爆弾を爆発させるなど、イスラム教テロ事件が発生。また、ドイツで大規模な爆発テロを企てようとしていたシリア人、Jaber Albakr (22)が同年10月12日夜、拘置施設内で自身のTシャツを使って首つり自殺した。 Albakr はイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)メンバーとみられ、ドイツ国内のISネットワークなどについて尋問を開始する直前の自殺だった。
ドイツで最も注目されたイスラム過激テロ事件は、首都ベルリンで2016年12月19日、チュニジア人アニス・アムリ容疑者によるクリスマス市場で起きた「トラック乱入テロ事件」(死者12人、重軽傷者56人)だろう(「大型トラックが無差別テロの武器」2016年12月21日参考)。最近では、ドレスデン市で今年10月4日、20歳のシリア人の男がナイフで観光客1人を殺害した事件が起きたが、独メディアによると、男はイスラム過激派の危険人物として、当局からマークされていた。
欧州ではフランスでイスラム過激派のテロ事件が多発し、他の欧州にもその影響が及んだ。2015年1月7日、フランスのパリの左派系風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社に武装した2人組の覆面男が侵入し、自動小銃を乱射し、建物2階で編集会議を開いていた編集長を含む10人のジャーナリスト、2人の警察官などを殺害するというテロ事件が発生して以来、フランスでイスラム過激派によるテロが多発。同時に、ドイツでも2016年に入ると、先述したようにイスラム過激テロ事件が次々と起きた経緯がある。
今回のパリ近郊の中学校の歴史教師が今月16日午後、18歳のチェチェン出身の青年に首を切られた殺人事件はフランス国民ばかりか、ドイツにも衝撃を与えている。殺害された教師は授業の中でイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を描いた週刊誌を見せながら、「言論の自由」について授業をしていた。
マクロン大統領はテロの犠牲者、中学校の歴史教師サミュエル・パティさんに「言論の自由」を死守したとして勲章を授与し、国葬を挙行するなど、イスラム過激派テロへの戦いを改めて強調したばかりだ。同大統領はそれに先立ち、「わが国はイスラム教を冒涜する自由がある」と表明したことに対し、トルコのエルドアン大統領がマクロン大統領を「精神的治療が必要だ」と侮辱する一方、イスラム圏でフランス製品のボイコット運動を呼び掛けるなど、フランスとイスラム圏との関係が再び険悪化してきている。
欧州最大のイスラム教徒(約500万人)を抱えるフランスは「イスラム過激派テロ」問題が、ドイツでは「極右過激派」が問題といった感じがあったが、犠牲者(中学校の歴史教師)が首を切られたフランスの衝撃的なテロ事件を契機に、ドイツでは「2016年のように、わが国でもイスラム過激テロが発生する危険性がある」と警戒を高めてきている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。