顧客本位と顧客満足の違い

貸さぬも親切」は、信用金庫業界の指導者であった小原鐵五郎の名言で、資金使途の正当性がなければ、仮に融資案件として信用金庫の利益になるとしても、最終的には顧客の利益にならない場合あり、そのようなときは、顧客の意向に反してでも、顧客満足を裏切ってでも、貸してはならないという教えである

このように、真の顧客の視点にたち、敢えて耳痛いことをいう経営姿勢を顧客本位とい。顧客本位な対応は、そのときには、おせっかいと思われることも多いだろうが、ときがたてば、顧客の経験が増し、理性的な反省の機会を得て、ありがたい親切だったと思ってもらえる、その信念が「貸さぬも親切」の理念であり、顧客本位の哲学なのある

顧客本位とは顧客の理性に訴えることで、顧客が自己の真の利益を合理的に認識できるようにすることである。つまり、顧客を賢くすることから、顧客の感性や心理的弱さに訴えることで理性的判断を停止させて不合理な行動を誘う顧客満足とは、正反対のものになる。

世の商売というものは、顧客満足をもとにしたものが多い。例えば、ギャンブルは、著しく顧客満足が高く、同時に顧客の真の利益を損なうものから、著しく顧客本位に反してい。そして、多くの商売は、ギャンブルを極限として、その程度を緩めることで、顧客の真の利益に反してでも、心理的な顧客満足におもねることで成立している。

もちろん、この仕組みは資本主義経済の本質なのだから、否定することはできない。否定できないというよりも、もしも、消費者が完全に合理的な行動をとり、業者が顧客本位徹底すれば、経済の劇的な縮小は避け得ない。資本主義経済の本質には、情念としての欲望の実現、非理性的で感性的な衝動、非合理で無駄な消費が抜き去り難く組み込まれているのである

また、そもそも、顧客本位は、顧客の自由に介入するおせっかいなのから、おせっかいが親切と受けとられない限り、つまり、おせっかいがおせっかいである限り、商業はなりたたず、商業がなりたたなければ、顧客本位の徹底といっても意味はない

こうして、経済は、感性的な顧客満足と理性的な顧客本位との間の微妙な均衡のうえあるが、少なくとも二つの理由により、その均衡を顧客本位へ傾けることも必要なのである。一つは、金融、医療、教育などの規制業においては、規制目的そのものが顧客本位を求めていることであり、二つは、日本のように社会が高度に成熟してくれば、顧客自身の問題として家計の合理化に向かわざるを得ないということである

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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