「聖ニコラウスの日」を救え!

本来ならば、そう、本来ならば11月に入れば、欧州各地でクリスマス市場が開かれ、訪れる人で賑わうシーズンだ。しかし、今年は全てがうまくいかないのだ。

欧州最大規模のウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場も来月6日まで続く第2次ロックダウン(都市封鎖)の外出制限が解けるまで本格的な営業は出来ない状況だ。クリスマス・ツリーは立ったが、そのツリーも「運搬中に枝が落ちたのではないか」といわれ、例年のような生き生きしたツリーではない、という市民の声が聞かれる。ついていない時はツリーまでもそうなのだ。

「聖ニコラウスをコロナ規制の対象外に」と報じるウィ―ンのメトロ新聞「ホイテ」2020年11月23日

オーストリアでは今月17日から24時間の外出制限など第2次ロックダウン(都市封鎖)の追加措置が施行された。クルツ政権は12月のクリスマスの祝日を救うためには新規感染者数を減少させないと大変となるという判断から、第2次ロックダウンを決意したのだ。

思い出してほしい。今年の復活祭(イースター)を迎えるために、第1次ロックダウンが始まった。クルツ首相は当時、「イースターを一緒に迎えるために…」という理由からロックダウンを行った。イースターはクリスマスと共にキリスト教の2大祝日だ。その2大祝日を教会で家族と共に祝うのが欧州では伝統だ。信仰とは別に、イースターとクリスマスは欧州人にとって最大のイベントだ。

ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ教皇フランシスコは今年の復活祭をサンピエトロ広場で信者もいない中で挙行したが、「何か言い知れない不気味さを感じた」と述懐している。羊たちのいない広場に立って、羊飼いの教皇はその静けさに圧倒されたのだ。

欧州では政治家も国民も今年のクリスマスを何とか救いたいという一念が強い。国民はそのために2週間半余りの第2次ロックダウンを忍耐して過ごしている。

念のために繰り返すが、国民が新型コロナの感染拡大に直面して急に信仰深くなったとか、敬虔になったからというのではない。毎年祝ってきた1年で最大の祝日クリスマスを迎えたいだけだ。クリスマスを通過しない限り、新年を迎えることもできない。クリスマスを祝わず、ニューイヤー・コンサートは聞けないのだ。

ところで、クリスマスを前に、厄介な問題が出てきた。第2次ロックダウンの最終日は12月6日だ。その日は「聖ニコラウスの日」の日だ。聖ニコラウスは3、4世紀の小アジアの聖職者ニコラウス司教で、サンタクロースのモデルとなったといわれている人物だ。オランダでは聖ニコラウスの命日を「シンタクラース祭」と呼ぶ。米国に移住したオランダ人が17世紀、「サンタクロース」として伝え、今日に至っているという(サンタクロースの起源についてはさまざまな説がある)。

その「聖ニコラウスの日」に衣装をつけた男性が家々を訪ね、子供たちに小さな贈物をする慣習(ニコロ祭り)があるが、今年の「聖ニコラウスの日」はまだコロナ規制下にある。聖ニコラウスが家を訪問し、子供にプレゼントをすることは本来厳禁だ。対人接触は感染の危険が高いからだ(アメリカ産のサンタクロースは、クリスマス・イブの夜にトナカイに乗ってプレゼントを運ぶ。オーストリアでは Christkind=イエスからプレゼントがくる。要するに欧州の子供たちは、2度プレゼントがもらえるわけだ)。

そこで「聖ニコラウスの祝日」にプレゼントを期待している子供たちの夢を適えさせたいという思いから、新型コロナの規制下でもなんとか「聖ニコラウスの日」を救うことが出来ないかと悩む人が出てくるのだ。

チロル州の野党「ネオス」のドミニク・オーバーフォーファ党首は22日、「コロナ感染防止のため子供たちは既に多くのことを断念してきた。聖ニコラウスからの贈物までも諦めて、というのは余りにも酷だ」と主張し、連邦政府に再考を促している。

聖ニコラウスやサンタクロースはイエスの生誕とは関係がないから、子供たちに「聖ニコラウスもサンタも架空の人物だ」といって説得することはもっと酷だろう。そこで「聖ニコラウスをコロナの規制対象外にすればどうか」という意見が出てくる。聖ニコラウスは子供と接触することなく、垣根越しから子供たちにウインクし、プレゼントを庭先に置いていけば接触しなくて済む。

「ネオス」の党首だけではない。チロル州の極右党「自由党」は「新型コロナ検査で陰性となった聖ニコラウスだけが子供を訊ねることが出来るようにすればいい」と提案している。新型コロナ検査の陰性証明書を所持した聖ニコラウスだけがコロナ規制の対象外となるというわけだ。

ところで、陰性証明書を持ちながら、一軒一軒子供を訊ね、プレゼントを渡す聖ニコラウスの姿を想像してほしい。しっかりした子供なら自分の家を訪ねた聖ニコラウスに向かって「おじさん、陰性証明書を持っているでしょうね」と尋ねると、聖ニコラウスはポケットからコロナ検査陰性を証明する紙を見せる、といったシーンがみられるかもしれない。時代が変わったのではない。新型コロナがキリスト教社会の文化をダメにしているのだ。

ちなみに、聖ニコラウスが幼稚園を訊ね、子供たちに贈物を渡す楽しい伝統も、幼稚園側から「イスラム系の子供が多く、親の反対もあるので訪ねてこないで」とやんわり断られ、ニコロ祭りをしない幼稚園が増えたという。やはり、時代は変わったのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。