アメリカの記者の究極の政治偏向(古森 義久)

顧問・麗澤大学特別教授   古森義久

今回のアメリカ大統領選挙では一貫して主要メディアの反トランプ陣営の偏向が目立ったが、その逆方向の民主党への極端な傾斜の実例として、有力テレビ局のベテラン記者がテレビでの報道・評論の活動を続けながら実は秘密裡にバイデン候補の重要演説の草稿を書く補佐役を務めていたことが判明した。この記者は勤務していたテレビ局から解雇された。

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アメリカの有力な有線ニュース・テレビ局のMSNBCは11月中旬、同局勤務のベテラン記者・評論家のジョン・ミーチャム氏との雇用関係を終了した、と発表した。同発表は「本テレビ局の方針としてジョー・ミーチャム記者はもはやMSNBCの定期評論者としては登用しない。同記者が次期大統領のジョセフ・バイデン氏の作業班への関与を全面開示した上であれば、ゲストとして当局の番組に出ることは歓迎される」と述べ、この措置が事実上の解雇であることを明確にしていた。

このMSNBCのミーチャム記者の解雇についてはニューヨーク・タイムズやFOXテレビがその直前に同記者が建前上は無党派のジャーナリストとして報道や評論の活動を続け、MSNBCから給料を得ながら、実際には秘密裡にバイデン選挙対策本部に加わり、バイデン氏の陰のスピーチライターとして同氏の重要演説の草稿を書いてきたのだ、と報道した。

それらの報道によると、ミーチャム氏はバイデン候補の主要なスピーチライターであり、今年8月の民主党全国大会でのバイデン氏の指名受諾演説、同年10月の激戦州ペンシルベニア州ゲッティスバーグでの重要政策演説、さらには選挙投票後の11月7日の事実上の勝利宣言演説の全ての原案はミーチャム氏が中心になって書いたという。

バイデン選挙対策本部のTJ・ダッキオ報道官はこの指摘について「バイデン候補は演説は基本的に自分で考えるが、その過程では多くの人物たちに相談する」とだけ述べ、ミーチャム氏の草稿書きを特に否定しなかった。

ミーチャム氏自身はバイデン陣営への参画を認めたが、その役割をニューヨーク・タイムズなどの報道が明らかにするまでは一切、隠したままで、MSNBCのニュース関連番組に連日、登場し、中立の記者としての立場を表明した上で、大統領選挙について論評していた。

その論評の内容はやはりトランプ大統領に極めて批判的、バイデン前副大統領を礼賛する基調で一貫していたが、11月7日のバイデン氏の勝利宣言演説の翌日の同8日のテレビ番組ではその自分が草稿を書いた同演説について「格調が高い」とか「アメリカ国民の魂を揺さぶる」などと激賞していたという。

ミーチャム氏のこうした欺瞞に対して同じバイデン候補を支持したニューヨーク・タイムズもその報道で「許し難い倫理違反だ」と非難していた。保守系のFOXテレビは「最も深刻な問題はMSNBC自体が知らなかったとはいえ、大統領選挙の公平であるべき報道や評論で一方の陣営の中心人物の意見を中立な立場からの見解として長期間、放映し続けたことだ」と批判した。

ミーチャム氏は現在51歳、1990年代からニュース週刊誌のニューズウィークの記者、編集者を務め、2005年には同誌の編集主幹となった。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストへの寄稿も多かった。アメリカの過去の大統領の人物研究にも取り組み、アンドリュー・ジャクソン大統領の伝記を書き、2009年にはピューリッツアー賞をも受賞した。ここ数年はMSNBCの専門の記者、解説者としてニュースの報道と評論にあたってきた。

こうしたベテラン記者までが政治活動家という裏の顔を隠してジャーナリスト活動を続けてきて、その秘密が発覚したことは今のアメリカのニュースメディアやジャーナリズム全体がいかに政治的な党派の争いの当事者となり、客観性を失っていることの例証だと言えよう。

古森  義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年11月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。