12月8日のエントリーでは「コーポレートガバナンス改革の転機にあたり、独立社外取締役は覚悟が必要だ」といった話をしました。ただ、私は「もはやそんな悠長なことを抽象的に議論している場合ではない」と考えています。本日は改正公益通報者保護法の施行後における社外役員(主に社外取締役ですが、社外監査役も同様)の役割を具体的にお話しします。もちろん意見にわたる部分は私の個人的見解です。
博報堂DYの元社員らによる架空発注事件を題材として、11月16日の日経新聞「長期にわたる不正 痛手」と題する記事で述べられているように、今年は大手企業の中で長期にわたる架空発注事件が明るみになるケースが多かったようです(たとえば博報堂DY、大和ハウス工業、NTT西日本等、ちなみに上記記事では私のコメントも掲載されております)。本日から朝日新聞では「第一生命の女帝」(89歳の営業職員が顧客から19億円をだまし取った事件)の特集記事の連載が始まり、これもやはり長年発見できなかった不正事件のひとつです。
日本を代表するような大企業において、卓越した内部統制システムを構築しているにもかかわらず、なぜ一部社員の不正が長年発見できないのでしょうか。これはとてもナゾであります。たとえ独立社外取締役がいたとしても、そもそも情報が入らなければ不正を発見することも止めることもできないわけでして、「不正予防と社外取締役の選任とは関係ない」と言われる所以です。過去に「不正見逃し」を理由として社外取締役の法的責任が認められた裁判例もほとんどないのが現状です(社外監査役の責任が認められた事例はセイクレスト、エフオーアイ事件等、いくつか散見されます)。
ただ、そうはいっても社外取締役が「不正事実を知ってしまった以上、不正を放置していたら善管注意義務違反(損害賠償責任)に問われる」のは間違いないでしょう。ということで、私は社内で不正を見つけた社員、片棒を担がされた社員は積極的に社外役員(社外取締役、社外監査役)に通報することを勧めます。とくに、このたびの改正公益通報者保護法では、(常勤従業員301名以上の)事業者は「公益通報対応業務従事者」を定めることが義務付けられますが、本日のお話しはココがポイントです。
※ セクハラ・パワハラの通報は基本的に「公益通報」にはあたらない、と言われていますが、近年、侮辱罪、名誉毀損罪、強要罪、暴行罪、強制わいせつ罪等の刑事犯で立件されるケースもあるので、窓口段階では「公益通報」として扱ったほうが良いケースも増えていることに留意してください
現在、消費者庁で審議されている「指針検討会」の議事録(12月7日に消費者庁HPにて検討会第2回の議事概要が公表されています)を読むと「臨時的に通報を受理した者も『対応業務従事者』として定めるべきか」という点が議論されていますが、「さすがにトレーニングを積んでいない役職員まで『対応業務従事者』には含めるべきではない」との意見が強そうで、おそらく社外役員は「対応業務従事者」には含まれない、という結論に至る可能性が高いと思われます。
しかし社内ルールで「社外役員」も通報窓口とする、と定めれば公益通報者保護法上の「対応業務従事者」に該当することになります。とりわけ本則市場(東証1部、2部)に上場する会社は、コーポレートガバナンス・コード補充原則2-5①を(ほとんどの会社が)コンプライしているわけですから、改正法に基づく「公益通報への対応体制の整備等の措置義務」を果たすためには、社外役員を通報窓口として設置することも検討しなければならないと考えます。
(参考 コーポレートガバナンス・コード補充原則2-5①)上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓口とする等)を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取扱の禁止に関する規律を整備すべきである。
上記補充原則をコンプライしながら、社外取締役を窓口担当者としないのであれば「改正公益通報者保護法によって『内部通報に係る体制整備』が法的に義務付けられるにもかかわらず、なぜ経営陣から独立した窓口の設置として「社外取締役と監査役による合議体の窓口」を設置しないのか、ほかにこれと同等の実効性を持つ独立した窓口として何を設置しているのか、という点は十分に説明する必要があると考えます。とりわけEU諸国では公益通報保護指令の国内法化が進み、米国では(先日述べたように)報奨金制度によって公益通報が奨励されている状況のなかで、内部通報制度の実効性は機関投資家にも関心が高まるはずです。
さらに、(ここからは上場会社に限らず、常時301名以上の従業員を抱える会社の場合)社外取締役が通報窓口ではなくても、たとえば経営陣が関与する不正疑惑が浮上した場合に、社外取締役が社内調査を担当することは十分に考えられます。そして、社内調査が通報に起因するケースでは、当該社外取締役は「公益通報対応業務従事者」に該当することになるはずです(あくまでも当職の私見です。ここは「指針検討会」の審議で明らかになります。調査後の対象役員の処分審査に立ち会うような場合にも、やはり「対応業務従事者」に該当するものと思われます)。
そして窓口担当であったとしても、社内調査担当であったとしても、通報者を特定させるような情報を漏洩した場合には改正法によって刑事罰の適用を受けます(30万円以下の罰金)。つまり、独立社外取締役は、職務を遂行するにあたって犯罪者となる可能性が生じるわけです。もちろん「故意犯」ですから、悪質な場合に限られますが、ミスで漏えいさせた場合でも、会社が「体制整備義務違反」として行政措置の対象となる可能性が高いわけで、独立社外取締役の行動によって会社が「ブラック企業」の汚名を着せられることになりえます。
一方、改正公益通報者保護法では、対応業務従事者は「正当な理由」がある場合には守秘義務が解除されることになっているので、社外取締役が守秘義務解除の正当理由があるにもかかわらず社内の関係者や監督官庁等と「通報者を特定しうる情報」(通報者を特定させるもの)を共有しない場合には真相解明を困難にしたと評価されます。つまり「不正事実を隠蔽した」「不正実行者に加担した」として、株主から善管注意義務違反の責任を追及されるリスクが生じます。では、どのような場合に「正当な理由がある」と解釈できるのか・・・この点は今後消費者庁より解釈ガイドラインが出される予定になっているので、こちらを理解しておく必要があります。
※ 「正当な理由」とともに「通報者を特定させるもの」(法12条本文)の解釈も問題になりうると思われますが、こちらも正式な消費者庁の解説(ガイドライン)でできるだけ明らかにしていただきたいところです
ということで、これから不正を通報したいと思う方は(公益通報者保護法の改正によって緊張感の高まる)社外取締役・社外監査役への通報が効果的ですし、これから社外取締役・社外監査役に就任される方は、令和4年6月までに施行される改正公益通報者保護法の研修はかならず受けておいたほうが良いと思います。「窓口」を担当することがなくても、有事において「社内調査」を担当することは誰にでも可能性はありますよ。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年12月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。