コラムのタイトルを読まれた読者の中には欧州で数少ないアジア系の民族(マジャール人)のハンガリーが大好きな人もおられるだろう。気を悪くしないでほしい。ハンガリーは欧州連合(EU)27カ国でポーランドと共に異端児として常にブリュッセルから批判を受けてきた。難民収容問題から司法改正、言論・メディアの自由まで常に“ハンガリー・ファースト”を貫く中道右派のオルバン政権はEUの結束を潰す国といったイメージが出来上がってきた。
当方はハンガリーが大好きで冷戦時代にはブタペストの民宿を拠点に取材活動してきた。40回以上、訪問しただろう。冷戦後、特に、オルバン政権発足後はハンガリーを取材するチャンスがなく、外電を通じてフォローしてきた。その範囲でいえば、EUのハンガリー批判は多くは正しい。世界の投資家ジョージ・ソロス氏が1991年に創設した中央ヨーロッパ大学(CEU)の締め付けやメディアに対するコントロールはやはり民主主義国としては相応しくないからだ(「米投資家ソロス氏対オルバン首相」2017年4月6日参考)。
しかし、ハンガリーは常に間違っているわけではない。ハンガリーが正しく、他の多くのEU加盟国のほうが間違っていることもある。ハンガリー国民議会が15日、性的少数者(LGBT)に関連する新法案を可決し、憲法改正をも実施したばかりだが、ハンガリー側の主張は正論ではないかと感じている。
国民議会のウェブサイトで公表された法改正では「母親は女性であり、父親は男性」と明記され、同性愛者の養子権はなく、例外は家庭省が認知した時だけという。そして「人の性は出生時によって決定される。男として生まれたならば、生涯男性であり、女性もしかり。性を変えることはできない」というわけだ。ハンガリーでは今年5月から性転換は出来ないことになっている。その内容は至極当然だ。
憲法改正に対する政府説明によると、「自由教育の権利を制限。学校、幼稚園での教育は宗派の中立性や性少数派を擁護する内容を禁止する。ハンガリーは出生時の子供の性のアイデンティティを保護し、憲法が明記するキリスト教の価値観に合致し、ハンガリー文化と一致した教育を与える」という。これまた、至極当然のように思う。
同時に、反発は出てくるだろうと感じていたら、EUや国内野党から「性的少数者の権利を制限する」として激しい批判の声が出てきている。ハンガリーの「アムネスティ」の David Vig所長は、「ハンガリーのLGBTコミュニティにとって暗闇の日」と述べ、「性的少数者への差別であり、明らかにホモフォビア、トランスフォビアだ」と指摘する。自身も同性愛者の同所長は、「いつも強迫され、殺すとまで脅かされてきた」と述懐している。
また、欧州トランスジェンダー(TGEU)はEUのフォン・デア・ライエン委員長にハンガリー国民議会の今回の憲法改正に注意を払うように求めている。ちなみに、トランスジェンダーとは生まれた時に割り当てられた性別が自身の性同一性と異なる人を意味する。「われわれはハンガリーのトランスジェンダーの子供たちの健康と安全を深く案じる。トランスジェンダーへの悪意ある環境圏で自身のアイデンティティを隠しながら成長しなければならないLGBTの子供たちを保護すべきだ」と主張している。
欧州では過去、性的少数者が社会的迫害、ひいては刑罰に処され、牢獄生活をする人も出てきた。アイルランド出身の劇作家オスカー・ワイルド(1854~1900年)も同性愛行為の罪で刑務所生活を送った人物だ。同性愛問題が社会のタブーと受け取られた時代に同性愛者として批判されたパイオニア的人物だ。ワイルドが刑務所生活を送っている時、家族は名前を変え、社会の批判から逃れた生活を送らざるを得なかった。当時の社会では同性愛者は犯罪者扱いだった。ワイルドの息子が書いた伝記にはワイルド家の厳しい状況、そのような中でも息子を愛するワイルドの姿などが詳細に書かれている(「あのオスカー・ワイルドがいたら」2015年2月11日参考)。
現在は同性愛を含む性的少数者への理解は深まっている。2020年5月時点で世界では28カ国・地域が同性婚を認め、欧州では16カ国が同性婚を認めている。同時に、同性婚容認前として同性愛者同士のパートナーショップ制度を認める国が増えてきている。
問題は、性的少数者が市民権を得る一方、異性間の伝統的な婚姻形態が大きく揺れ動いていることだ。当方は性的少数者への社会的差別が解消されることは歓迎するが、異性間の婚姻の意義が忘れられてきていることに懸念を感じる。異性間の婚姻は社会のマジョリティ(多数派)だが、彼らの声が、マイノリティ(性的少数者)に押され、時には沈黙を強いられてきている。
ハンガリー政府の性少数者政策は10年前だったら、当然の内容で話題にもならなかっただろう。異性間の婚姻を最重要視するハンガリー政府の考えは大多数の国民に受け入れらている。
参考までに、ドイツのメルケル首相の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)は、同性婚を認知し、ドイツの新型コロナウイルスの感染防止で奮闘するシュパーン保健相は同性愛者で知られているなど、党内で伝統的キリスト教価値観が失われつつある。「『CDU』ではなく、『DU』と呼ぶべきだ」といった声が聞かれるほどだ。
ちなみに、フランシスコ教皇が今年10月、自身の生涯を描いたドキュメンタリーの中で同性愛を容認するような発言をした、として大きな反響を呼んだが、同教皇の同性愛容認とも受け取れる発言は今回が初めてではない。南米出身でイタリア人の血をひくフランシスコ教皇は過去、様々な失言や脱線発言をしている。ただし、同性愛問題ではドグマを変えてまで同性愛を容認する考えはない。
フランシスコ教皇は2018年12月、ローマで発表されたインタビュー集の中で「教会には同性愛者を迎え入れる場所がない」と断言し、「同性愛性向の聖職者は聖職を止めるべきだ」と主張。そのうえで「現代の社会では同性愛性向が流行している。その影響は教会内まで及んでいる」と警告を発している(「法王は『同性愛』を容認しているか」2018年12月5日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。