ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は1日、イランが同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達してきたことを明らかにした。欧米の核専門家は、「濃縮度20%を達成できれば、核兵器用のウラン濃縮度90%はもはや時間の問題となる」と指摘、イラン側が核兵器製造を視野に入れたことの意思表示と警戒している。
それに先立ち、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。同法案は「わが国に対する制裁が今後2カ月以内に緩和されない場合、政府に対してウランの濃縮率を20%まで引き上げるよう求める」というものだ。
イランは昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR-1」に代わって、新型遠心分離機「IR-2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにしている。イランは新型遠心分離機を駆使して濃縮度20%を実現する考えというわけだ。
イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結されたが、トランプ米大統領が2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明した。それを受け、イランは「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張してきた。
結局、イランは欧州3国の経済支援が不十分として、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反してきた。2019年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入ってきた、といった具合だ。
イラン核合意では、イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置き、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3.67%までとなっている。そして濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少させることなどが明記されていた。
イランは核合意当初、濃縮度「3.67%」を守ってきたが、それを2019年に「4.5%」に引き上げた。そして今度は20%だ。核問題の専門家によれば、「濃縮度4.5%」と「濃縮度20%」では大きな違いがある。「濃縮度20%」を超えると核兵器用の「濃縮度90%」まで技術的に容易になるという。
ちなみに、核兵器の製造には、①使用済みの核燃料を再処理して出来るプルトニウム239を利用して製造するプルトニウム型原爆(長崎型)、②濃縮ウラン235を使ったウラン型原爆(広島型)の2通りがある。北朝鮮は過去、寧辺の核関連施設で5MW黒鉛減速炉を利用してプルトニウム型原爆を製造したが、ここにきて濃縮ウランによる原爆製造にも乗り出している。イランは最初からウラン型原爆の製造を目指していたわけだ。
それでは、イランは国際社会から激しい抵抗が予想される原爆の製造に本当に乗り出すだろうか。イランの宿敵イスラエルがテヘランの野望を静観しているとは考えられない。イスラエルは過去、イランの核開発計画に関わってきた核物理学者を暗殺してきた。昨年11月27日、同国の核開発計画の中心、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が暗殺されている。イランが濃縮度20%のウラン濃縮活動に乗り出せば、濃縮関連施設へ軍事攻撃も辞さないはずだ。イランはイスラエル、その背後の米国を敵に回しても核兵器製造に乗り出すだろうか(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。
イランの「濃縮度20%」通達は核開発の促進を明記した「法」の採決、先端遠心分離機の導入表明とともに、核開発に対する強硬路線を明らかにしているわけだ。その背後には、米次期政権への警告といった政治的狙いもあるだろう。また、国内では今年6月に控えている大統領選の行方もあって、同国の精神的最高指導者ハメネイ師と精鋭部隊「革命防衛隊」など保守強硬派が発言力を増してきていることも考えられる。
ただし、イラン側はIAEAに濃縮度20%を通達したが、その時期については明らかにしていない。ということは、テヘラン側も「濃縮度20%」の持つ意味を理解し、簡単には実行できないはずだ(「イラン当局が解決できない『国内事情』」2020年12月2日参考)。
イランの核問題は2021年、大きな山場を迎えるだろう。米次期政権が核合意への復帰というカードをチラつかせることでイランの暴走を防ぐ政策を取るかもしれない。一方、新型コロナウイルスの感染拡大で苦しむイランは停滞する国内経済の回復が急務だ。そのためには制裁の解除をどうしても勝ち取らなければならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。