メキシコ最大のカルテル(麻薬組織)シナロアのリーダー「麻薬王」エル・チャポは米国の刑務所に収監されているが、彼が不在でも依然シナロアの勢力に衰えはない。
2019年10月の米国麻薬取締局(DEA)のレポートは、シナロアがメキシコから米国へのフェンタニルの密輸・密売では依然トップの座を占めていることを英国ガーディアン紙が報じ、その記事が提携関係にあるスペイン電子紙『El Diario.es』に転載された。
フェンタニルは現在流行している合成麻薬で、鎮痛効果がモルヒネなどに比べ50-100倍強力であるとされている。米国の製薬会社が鎮痛剤として開発したものであるが、覚醒剤として開発されたメタンフェタミンが麻薬市場に入って行ったのと同様の道を歩んでいるということだ。それを最初に密売し始めたのがカ、ルテルのシナロアとハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンである。
4年前まではシナロアから送られて来るフェンタニルについて、米国の密売人の間でも十分に知られていなかったというが、今はヘロインの市場を奪いつつある。但し、効果が強力であるため過剰摂取すると死に至らしめる可能性が高い。ベトナム戦争で死亡した兵士の数よりもフェンタニルの過剰摂取による死亡者の方が多いとされている。
同紙によると、2018年の米国で薬物の過剰摂取によって死亡した人は6万7367人と報告されているが、その内の半数がフェンタニルの過剰摂取によるものだと指摘している。更に同紙は、米国医薬品連盟が今年はコロナ禍の影響で米国の40の州でフェンタニルのような合成薬物の過剰摂取が急激に増えて死者が増加していると指摘していることを取り上げた。
フェンタニルを医療で使用する場合は呼吸困難などにならないように必要な容量が正確に測られているが、薬物常習者にはこの点に注意が行きわたらず過剰摂取になって死亡する危険性がある。致死率が高いことから、最近はヘロインやコカインと混ぜて生産するようにという要求も密売者の方からあるそうだ。しかし、それでもその混合比率が明確にされていないことから麻薬中毒者にとって危険であることに変化はない。
フェンタニルが麻薬市場で需要が拡大しているのにつれて、ヘロインなどの密売市場が減少するよういなっている。よって、シナロア州やゲリラ州では大麻やケシの栽培をしている農家の稼ぎが減少しているそうだ。麻薬の生産は、これまでの畑での栽培から、ラボラトリーでの化学合成に依存する度合いが高くなっている。
しかも、フェンタニルはより多くの利益をもたらす。シナロア州では小規模なプロジェクトとして始めたのが今では毎月米国に3万錠を送っているそうだ。昨年550キロが米国に密輸入されていると指摘している。また2019年のDEAは1錠生産するのにコストは1ドルに対し、密売価格はその10倍以上になるということを前述El Diario.esが指摘した。
メキシコではフェンタニルを大量に生産できる産業はない。中国からの輸入に依存している。ところが、最近は中国からの輸入も厳しくなっていることから、生産の最後のプロセスをメキシコ国内で出来るようになっている。
米国への導入当時は、カルテル・ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンが合成薬物メタンフェタミン販売で慣れていたことからフェンタニルの販売でも優位に立っていた。ところが、現在ではシナロアが全力でフェンタニルの生産と密売に力を注ぎこんで市場を奪いつつあるという。
米国という麻薬の消費大国が存在しているお陰でカルテルが存在できている。それがメキシコの治安を不安なものにさせている。今後も米国で麻薬の消費がさらに拡大して行けば、国家そのものの退廃を導く危険性も孕んでいる。麻薬というのは人類そして社会を破壊することのできる非常に危険な媒体である。