帰国が明らかになった段階で予想されたことだった。ロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)は17日、ドイツのベルリンからモスクワ郊外の空港に帰国直後、拘束され、23日にはモスクワを含むロシア全土で同氏の釈放を要求する抗議デモが行われた。
外電によると、モスクワで4万人の市民がナワリヌイ氏の早期の釈放を要求するデモに参加した。気温の低いシベリアのノボシビルスクでも約4000人が路上デモに参加したという。それに対し、ロシア当局は無許可デモとして1000人を超えるデモ参加者を拘束していった。その中には、ナワリヌイ氏のユリア夫人も含まれていたという。
ナワリヌイ氏は昨年8月、シベリア西部のトムスクを訪問し、そこで支持者たちにモスクワの政情や地方選挙の戦い方などについて会談。そして同月20日、モスクワに帰る途上、機内で突然気分が悪化し意識不明となった。飛行機はオムスクに緊急着陸後、同氏は地元の病院に運ばれた。症状からは毒を盛られた疑いがあったため、交渉の末、昨年8月22日、ベルリンのシャリティ大学病院に運ばれ、そこで治療を受けてきた。
ベルリンのシャリティ病院はナワリヌイ氏の体内からノビチョク(ロシアが開発した神経剤の一種)を検出し、何者かが同氏を毒殺しようとしていたことを裏付けた。英国、フランス、そしてオランダ・ハーグの国際機関「化学兵器禁止機関」(OPCW)はベルリンの診断を追認した。一方、ロシア側は毒殺未遂事件への関与を否定してきた。
ロシア当局を激怒させたのは、①ナワリヌイ氏が昨年12月21日、ロシアの安全保障当局者になりすましてベルリンから電話し、自身を殺害しようとしたロシア連邦保安庁(FSB)工作員から犯行告白を聞き出し、その内容を公表したこと、②同氏のグループが19日、プーチン大統領の豪華な宮殿(推定1000億ルーブル)を撮影した動画を公表し、プーチン氏の汚職腐敗の実態を暴露したことだろう。
モスクワ帰国直後、警察当局に拘束された時のナワリヌイ氏を撮った写真を見たが、その表情は厳しいものを感じた。ベルリンで療養生活を5カ月余り過ごした後、モスクワで即、拘留されたわけだ。理由は、執行猶予期間の出頭義務を怠ったというもので、30日間の拘留となった。ロシア当局は今月29日に更なる対応を決める予定だ。予想された事とはいえ、厳しい現実に直面したわけだ(「ロシア反体制派活動家の『帰国』」2021年1月15日参考)。
ナワリヌイ氏の名前は国際社会では知られているが、ロシア国民は同氏の動向についてはこれまで余り知らなかった。プーチン氏もナワリヌイ氏の名前を公の場で語ったことがない。完全な無視だ。必要な時は「ロシア国民の一人が……」といった表現に留め、ナワリヌイ氏の名前は絶対に口に出さなかった。毒殺未遂事件でも関与を否定する一方、西側の茶番劇と一蹴してきた。
それが今回の抗議デモで、ナワリヌイ氏の名前はロシア全土に知られる反体制派活動家として広まった。豪華な宮殿の暴露、そして大規模な抗議デモはプーチン氏にとっては予想外の展開となっただろう。モスクワのデモでは多くの若者の姿が見られた。
欧米社会の反応も素早かった。欧州連合(EU)のミシェル大統領はナワリヌイ氏の拘束を批判し、即時釈放を要求。バイデン米政権でも批判の声が聞かれる、といった具合だ。EUは昨年10月、ナワリヌイ氏への毒殺未遂事件を受け、対ロシア制裁を実施してきたが、欧州議会は今月21日、ロシア産天然ガスをドイツに直接輸送するパイプライン「ノルド・ストリーム2」の完成工事中止を求める決議を採択した。
ちなみに、ロシアとドイツ両国は2005年、ドイツのシュレーダー首相(当時)とプーチン大統領がロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム」計画で合意した。第1パイプラインは2011年11月8日に完成し、2本目のパイプライン建設「ノルド・ストリーム2」は2019年末には完工する予定だったが、米国側が、「ドイツはロシアのエネルギーへの依存を高める結果となる。欧州の安全問題にも深刻な影響が出てくる」と強く反対し、同計画に関与する欧米の民間企業に対して経済制裁を実施すると警告。そのため完成まで150キロあまりの距離を残し、同計画は現在、停止状況に陥っている。そこに欧州議会が工事の中止を求める決議を採択し、ロシア側に圧力を強めてきたわけだ(「ナワリヌイ事件が示したロシアの顔」2020年9月6日参考)。
国家の威信を重んじるプーチン大統領の出方が問題となる。国際社会の圧力を受けて、ナワリヌイ氏を釈放すれば、「圧力に屈した」というイメージを与えてしまう危険性が出てくる。その上、今年9月に実施される下院選への影響を考えなければならない。だから、プーチン氏が欧米社会の要求を受け入れ、ナワリヌイ氏を早期釈放することは期待できない。むしろ、反体制派活動家への取り締まりを強化していくかもしれない。
ナワリヌイ氏の側近レオニッド・ヴォルコフ(Leonid Wolkow)氏は独紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)日曜版で、「ナワリヌイ氏のために抗議デモを続行すべきだ。ロシアでは路上デモが唯一の手段だからだ。ロシアでは反体制派活動家が2度、毒殺されたことがあったのだ」と述べ、ロシア国民の支援を訴えている。
ナワリヌイ氏は1月22日、身柄が拘束されている警察署から弁護士を通じてメッセージを発信している。以下、ロイター通信の記事から紹介する。
ナワリヌイ氏は「自ら命を絶つ考えはない」と明言し、「念のために申し上げるが、窓の面格子で首をつったり、尖ったスプーンで静脈や喉を切ったりするつもりはない。階段は慎重に登り下りしている。彼らは毎日私の血圧を測り、まるで宇宙飛行士のように扱ってくれるので、突然、心臓発作に見舞われる心配はない。刑務所の外には多くの善良な人がおり、必ず助けが来ると分かっている」と述べた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。