習近平主席の「中国共産党の哲学」

2021年01月27日 14:00

ドイツの民間ニュース専門局NTVが25日午後1時(現地時間)から、スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」(WEF、通称ダボス会議)主催のオンライ会合「ダボス・アジェンダ」を放映し、中国の習近平国家主席がそこで約30分間演説するというのでフォローした。

▲世界経済フォーラムのオンライン会合で語る中国の習近平国家主席(2021年1月25日、独民間ニュース放送NTVの中継から)

▲世界経済フォーラムのオンライン会合で語る中国の習近平国家主席(2021年1月25日、独民間ニュース放送NTVの中継から)

習近平主席は、「世界経済が戦後最大の危機に対峙している。そのような時であるから世界は相手に対する偏見を捨て、相互尊敬し、助けることが一層大切となる」と指摘し、「一国中心ではなく、多国主義で相互協調することが求められる」と語り、「一国だけが利益を得るやり方は中国の哲学ではない」と強調した。

習近平主席は演説の中で頻繁に「相互協調」という言葉を使用していた(当方は習近平氏の中国語の演説を独語訳に通訳されたものを聴いていたので、少しニュアンスは異なるかもしれない)。同時に、国家主席の演説内容としては少々稀な「偏見」という言葉が良く飛び出し、「根拠のない批判を克服し、助け合わなければ、われわれが直面している困難を克服できない。地球は全ての人々にとって我が家だ。冷戦時代のような利己的な対応では問題は解決できない。相互助け合い、平和と民主主義を擁護し、民族的な偏見をなくさなければならない」と主張した。経済活動でも、「フェアな競争が大切だ。市場経済システムを発展させなければならない」と述べた。

中国共産党の頭、習近平主席はいつから宗教指導者となったのだろうか、と首を傾げざるを得なくなったほど、その演説内容は精神論が際立っていた。そして一国中心の生き方を「中国の哲学とはマッチしない」と指摘していた。貿易戦争を展開した宿敵・トランプ前米大統領の“米国ファースト”を暗に批判したわけだ。

もう少し習近平主席の演説を振り返りたい。「中国社会は開かれた社会だ。新型コロナウイルス感染に苦しむ国を助け、中国製ワクチンは世界に提供されている。われわれは自身が保有するノウハウを他国と分かち合う用意がある。困窮下にある世界経済の再生に中国経済が少しでも貢献出来ればうれしい」と言った。

中国国営メディアは習近平主席の“高尚な”中国哲学を即発信した。欧米メディアは、「米国ファーストを主導し、中国に厳しく対応してきたトランプ前米政権から米民主党のバイデン政権が発足したことを受け、習近平主席は米新政権へのメッセージを発信したのだろう」という解説記事を流していた。日本メディアもその北京発のニュースを土台に習近平主席の演説内容を報じていた。

その中で、独民間放送NTVのニュース解説者は、「習近平主席は人権問題については全く言及しなかった」と指摘することを忘れなかった。欧州ではウイグル系住民への弾圧についてはよく知られている。NTVのような観点で習近平主席の演説を報じた日本のメディアはなかっただろう。

当方は習近平氏の演説を聞きながら、国連人権理事会に北朝鮮が提出した人権に関する政府報告書を思い出した。国連人権理事会で2019年5月9日、「普遍的・定期的審査」(UPR)の北朝鮮人権セッションが開かれたが、北側が提出した政府報告書の内容は嘘だらけだったから、よく覚えている。事実とは異なることを堂々と国際社会の舞台で報告する北朝鮮の姿勢に驚かされたからだ(「北政府『人権報告書』は嘘だらけだ!」2019年5月11日参考)。

習近平氏のWEFへの演説内容の多くは事実ではない。中国が多国間主義やグローバリゼーションの恩恵を最も享受した国であるから、習近平氏が多国間主義を称賛するのは当然だが、中国共産党政権はその多国間主義を世界制覇の武器として利用している。習近平氏の提唱した「一帯一路」も最終的には覇権を狙った統一戦線の一貫であることは明らかだ。債務漬けとなったアフリカやアジア諸国の実態がそれを証明している。マスク外交、ワクチン外交も利他的な行為ではない。外交的利益を狙ったビジネスだ。

人権問題ではウイグル系住民への過酷な弾圧はもはや隠しようがない。ポンペオ前国務長官が表現したようにジェノサイド(集団虐殺)がウイグル自治区で行われているのだ。その上、法輪功メンバーへの迫害は枚挙にいとまがない。

その中国の舵を取る習近平主席は「相互協調」を訴え、偏見をなくして相互助け合うべきだと語ったのだ。中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題でもこれまで事実を隠蔽してきた、国際社会の圧力を受けて世界保健機関(WHO)の調査団を受け入れたが、中国当局は武漢市や武漢ウイルス研究所への現地査察を認める考えはないはずだ。

世界銀行(WB)の世界の経済見通しによると、米国の経済成長率は昨年マイナス3・6%、ユーロ圏はマイナス7・4%といずれもマイナス成長だが、中国はプラス2%を記録している。中国当局は新型コロナ対策が成功した結果と自負している。

中国は昨年末、欧州連合(EU)との投資協定に合意したが、EU加盟国の中には中国の経済活動に不信感を排除できない国もある。習近平主席は「フェアな競争」を強調したが、不法な経済スパイ、情報工作は中国の常道手段だ。

WEFでの習近平主席の演説は中国共産党政権の世界観を端的に示していた。すなわち、虚言を弄すことに全く抵抗感がなく、世界制覇の野望を実現するためには手段を選ばない、ということだ。「相互協調」「相互支援」は美しい言葉だが、中国共産党政権の哲学でない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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