2月7日にロックダウン終了予定のオーストリア、クルツ首相の苦悩

オーストリアの“イケメン首相”と言われたクルツ首相(34)はここにきて急速に年を取ったのを感じる。首を傾げるシーンが増えてきた。

2015年秋、欧州に殺到してきた中東・北アフリカからの難民問題では欧州の首脳陣の中でクルツ首相は国境を制限するなどいち早く対応して評判を高めた。欧州の盟主ドイツのメルケル首相も若い首相の意見に耳を傾けていたほどだ。あの時のような勢いは34歳のクルツ首相から消えてしまったように感じる。主因は中国武漢発の新型コロナウイルスへの対応問題だ。もう少し説明すると、「コロナ規制強化」と「規制緩和」との葛藤であり、国民の「健康」と「国民経済」の調和を如何にとるかの問題だ。

▲記者会見で追加措置を発表し「誰とも会わないで」と訴えるクルツ首相(2020年11月14日、オーストリア国営放送の中継放送から)

ウィーンで1月31日午後、クルツ政権のコロナ規制措置に抗議するデモ集会が行われた。オーストリア放送によれば、約5000人が参加。市内中心地の交通は混乱したが、警察隊とデモ参加者の大きな衝突は報じられていない。

それに先立ち、オーストリア内務省は30日、デモ集会の開催申請をしていた17件のうち、15件を不認可とした。理由は「デモ参加者がマスクの着用や2mのソーシャル・ディスタンシングなどのコロナ規制を遵守していない」というものだ。

31日午後の抗議デモにはホロコーストを否定する有名な極右活動家ゴットフィリード・キュッセル氏やオーストリア最大の極右グループ「イデンティテーレ」のメンバーたちも加わっていた。警察隊はデモ参加者が増えてきたためリンク通りを閉鎖。参加者は「クルツ(首相)は退陣しろ」と叫んだ。警察隊は参加者がマスク着用や2mの距離を取るなどのコロナ規制を遵守していないとして強制的に解散させた。上空では警察のヘリコプターが市内を監視していた。

30、31日の週末、クルツ首相(国民党)、コグラー副首相(緑の党)、アンショーバー保健相(緑の党)ら政府首脳と州代表、経済界代表、そしてウイルス専門家たちが結集して、今月7日に終わるコロナ規制期間を延長するか否かで長時間の協議を重ねた。

クルツ首相は2月1日、ロックダウン(都市封鎖)の3週間延長が2月7日に終わるのを受け、2月7日以降からコロナ規制の一部緩和を明らかにする。現地のメディアによると、一般の営業、ショッピングセンター、博物館、美容院を再開、学校も厳重な規制措置のもと再開するという。ホテルやレストランなど飲食業界は閉鎖のままだ(正式の決定は1日夜以降となる可能性がある)

クルツ政権としては、新規感染者数が減少していないこと、英国発のウイルス変異種の拡大などで大幅な規制緩和が難しいという判断がある。その一方、営業再開を求める経済界の圧力を無視できない。学校の再開問題ではコロナ禍による児童、生徒たち、青年たちの精神的疾患が増えてきたことなどを受け、厳格なコロナ規制の条件で下級クラスの授業は再開する一方、上級クラスはオンライン授業を継続するという妥協案だ。

ちなみに、児童や生徒らは感染の危険が少ないといわれてきたが、独のウイルス学者ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は、「学校、生徒たちも感染拡大の要因だ」と指摘、学校の再開に警告を発している。そのような中、野党や児童・生徒の保護者からの強い要請もあって、学校再開に踏み切ることは一種の賭けだ。

クルツ首相は先月17日、昨年12月26日から始まった第2次ロックダウンを2月7日まで3週間延長するとともに、追加規制を明らかにしたばかりだ。首相は当時、延長の理由として、①新規感染者数が依然高いこと、人口10万人に対して過去7日間の新規感染者数は目標の50人から程遠いこと、②感染力が強い英国発のウイルス変異種(B1.1.7)の拡散の2点を挙げ、「感染防止のためにはロックダウンを延長することが必要となった」と説明した。具体的には、ソーシャルデスタンスを従来の1mから2mに広げ、先月25日からスーパーなどの店舗や地下鉄やバス、公共機関の利用の際には92%の感染防止力のあるFFP2マスク着用の義務化、そしてホームオフィスの促進だ。それらの追加措置は8日後も継続される。

クルツ政権が規制の一部緩和に乗り出すことに対し、ウイルス専門家の間では「このような時、コロナ規制を緩和すれば、また感染者が増える」と警告の声も聞かれる。実際、新規感染者数は過去1週間、1200人から1400人前後と高水準で、政府目標「1日700人」のほぼ倍の数字だ。

クルツ首相はコロナ規制の強化と緩和の狭間で揺れる心を抑えながら、コロナ疲れが見える国民に希望を提供しなければならない。クルツ首相らが期待していたワクチン接種はワクチンの供給先、英製薬大手アストラゼネカの問題もあって予定より遅れ、国民のワクチン接種は余り進んでいない。

前に進んでも、後ろに戻っても、問題の解決はまだまだ先だ。デンマーク王子のハムレットのような心境かもしれない。クルツ首相にとって、唯一の慰めは、クルツ首相だけではなく、欧州の他の首脳陣も程度の差こそあれ一様にハムレットのような状況下に置かれているという現実かもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。