新型コロナの蔓延が続いている。情操教育が重要な初等教育と異なり、広く知識を授けることが目的の大学では、春からも遠隔教育が多用されるだろう。
日本学生支援機構の2019年度調査によると、障害のある学生数は37,647人で、前年度より3,835人増と増加傾向にある。しかし、全学生に占める割合は1パーセント強に過ぎない。このため、障害のある学生に対応するように遠隔教育を提供する姿勢には、大学は至っていない。
全日本ろうあ連盟に、聴覚に障害のある学生が遠隔教育でぶつかった問題点を質問した。回答によると、文字起こし資料のどこを読んでいるかわからないといった「支援者が傍にいない」問題や、講義画面・講義資料画面のほか支援者との連絡用画面もあるため「画面を注視する時間が長く、疲労が大きい」問題などがあったそうだ。そして何よりも、「大学や学科の整備状況による支援の差が大きい」という。
画面上の講義資料が小さなテキストで書かれていれば、あるいは、テキストと背景色のコントラストが低ければ、弱視の学生は読み取るのがむずかしくなる。このように、遠隔教育には多様な問題が起きている。
欧州委員会は、アクセシビリティに着目してICT教育を開発するプロジェクトに資金援助している。「The Integration of Web Accessibility Courses in ICT Programmes」である。公共機関サイトにウェブアクセシビリティ対応を求める欧州指令の発出後、ウェブアクセシビリティスキルに対する需要が高まっている。しかし、これに熟練した専門家の供給は不足しているため、需要と供給のギャップを埋めるというのが、プロジェクトの目的である。
プロジェクトのサイトには、大学教員向けのハンドブックも掲載されている。「ウェブアクセシビリティの基礎」「関連政策と規制」「ウェブアクセシビリティの教育法」に加えて、「教育時の対応」にも一章が割かれている。
「教育時の対応」のうち「教材」について、コンテンツは明確で一貫性のあるレイアウトで表示すること、見出しを用いるなどして資料を構造化すること、URLだけでリンクを表示するのは避けること、フォントサイズは12ポイント以上とすることなどと、わかりやすい。
画像などの非テキストコンテンツには代替テキストを提供すること、キーボードだけで操作できるか確認すること、高コントラストの色の組み合わせを使用すること、字幕を提供することなど、視覚障害、色覚異常、聴覚障害等、それぞれへの配慮も列挙されている。
PDF文書の使用は避けるべきとしている点は注目に値する。HTMLのほうがはるかにアクセスしやすく、学習者のニーズに合わせてブラウザで加工できる、というのがその理由である。
わが国内の大学教員が遠隔教育について議論するFacebookのグループがある。そこからはPDFを偏重する様子がうかがえ、「レポートをPDF形式で提出するように指示し、対応しなかった学生は不合格とした」という論外な逸話もあった。
わが国も、欧州の実践に学び、大学での遠隔教育についてアクセシビリティ対応を強化するのがよい。
アクセシビリティに対応した教育を提供すれば、障害のある学生の学習機会が増える。この環境で学んだ学生は、熟練した専門家として、アクセシビリティの向上に関わる実務に就労できる。こうして好循環が始まるのだ。