バイデン米新大統領は19日、欧州最大の外交、防衛問題の国際会議「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)で演説した。会議は対面ではなく、オンライン形式で行われたが、バイデン氏にとって大統領就任後、最初の国際会議として、その演説内容が注目された。バイデン氏は15分余りの演説で、トランプ前米政権下でぎくしゃくしていた米国と欧州の関係改善に積極的に乗り出す姿勢を強調し、「世界に向かって米国が戻ってきた知らせを発信する。過去(後ろ)を見るためではなく、一緒に未来(前)を見るためにだ」と述べ、欧州首脳関係者にアピールした。
当方はウィーンからMSC(イッシンガ―議長)のオンライン会合をフォローしたが、その出席陣は文字通り「世界を今、動かしている指導者たち」だ。19日の特別セッションで演説した顔ぶれをその演説順序に従って紹介する。
先ず、グテーレス国連事務総長、マイクロソフトの共同創業者兼元会長兼顧問のビル・ゲイツ氏、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長、そしてバイデン大統領、メルケル独首相、マクロン仏大統領、欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長、EUのシャルル・ミシェル大統領、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長、そしてバイデン政権で気候変動対策の大統領特使を担当するジョン・ケリー氏(元国務長官)らだ。各自が15分程度の演説、その後、視聴者からの質問を受ける形式で進行した。バイデン大統領の場合は演説だけで、質問は受けなかった。
欧米間の北大西洋諸国の安全保障会議ということもあって、日本人の要人は招待されていなかった(第54、第55回MSCには河野太郎外相=当時、第56回は茂木敏充外相が参加)。世界の指導者がその演説の中で日本について言及したのは2、3回程度だった。ストルテンベルグNATO事務総長が中国のアジア海域での軍事的脅威について言及した際、「オーストラリアや日本との連携が重要だ」と述べ、ゲイツ氏が新型コロナワクチンの開発途上国への支援問題で日本の名前を挙げていた。
バイデン氏は演説の中で、「米国が北大西洋の安全保障分野でその責任を果たすために戻ってきた」と欧州の指導者たちに繰り返し述べ、「民主主義は世界を変えることができると信じている」と主張し、共通の価値観に基づいた連携の重要性をアピールした。具体的には、気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定(パリ協定)、WHO、国連人権理事会に復帰したことを宣言し、イランの核合意問題でも欧州3国(英仏独)との連携を強調している。
その上で、「米国はNATO憲章第5条を遵守する」と述べ、欧州諸国がロシアなどからの軍事的危機の時は米軍が支援に乗り出すことを確約した。ちなみに、米国内同時テロ事件の時、NATO諸国が米国を支援し、アフガニスタンのタリバン対策でNATO軍が米軍を支援してきた。
注目の対中国政策では、「中国は長期に渡る戦略的競争相手だ」と指摘し、「中国が国際ルールに従って競争を展開する限りには問題ないが、中国企業がルールを違反した場合は厳しく対応しなければならない」と述べる一方、環境問題や新型コロナ対策では中国との協調が欠かせないと強調した。
メルケル首相はバイデン氏の演説後、「環境問題など世界的な問題を解決するためには中国の関与が不可欠となる」と同調する一方、米国からの同盟国の軍事費アップの要請に応じる姿勢を示した。NATO加盟国は2014年、軍事支出では国内総生産(GDP)比で2%を超えることを目標としたが、それをクリアしているのは現在、米国の3.5%を筆頭に、ギリシャ2.27%、エストニア2.14%、英国2.10%だけで、その他の加盟国は2%以下だ。
興味深い点は、マクロン大統領が、「EUが米国の信頼できるパートナーとなるためにはEUのパワーアップが重要だ」と述べ、「欧州の安全保障問題は欧州が責任をもって対応すべきで、米国に依存することは間違いだ」との持論を展開させていたことだ。
そのほか、MSC参加者の演説の中で印象に残った意見、コメントを紹介する。
ゲイツ氏、「地球温暖化対策は新型コロナウイルスのパンデミック以上に重大事だ」
テドロス事務局長「ウイルスは人類の共通の敵だ。ウイルス問題を政治化せずに、グローバルな連携が必要」
フォン・デア・ライエン委員長「環境問題は今、アクションの時だ」「欧州と米国の協調は世界へのシグナルだ」
ストルテンベルグ事務総長「安保保障問題と環境問題は密接な関係がある」
世界各分野の指導者10人の演説(正味3時間余り)はボリュームがあった。それにしても毎年ミュンヘンで開催されてきたMSCが如何に大きな国際会議かをそのゲストの顔ぶれから見ても改めて理解できる。MSCは、世界の経済界、実業家、政治家が集まるスイスの「世界経済フォーラム」(通称ダボス会議)に匹敵する国際会議だ。そこから発信されるメッセージは世界を駆け巡るのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。