東京で何が起きていたのか:第三波のコロナ空間分布


過去記事[東京で何が起きているのか/第三波のコロナ空間分布]では11月下旬に暫定ピークをつけるまでの東京23区におけるコロナ第三波の新規陽性者の空間分布を時系列順に示し、感染の広がりを分析しました。今回は、年末年始において観測された新規陽性者の急上昇及び急下降を含め、第三波の挙動を総合的に分析してみたいと思います。

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図-1 第二波および第三波の新規陽性者数と実効再生産数の時間変動

図-1は、第二波および第三波の新規陽性者数と実効再生産数を示したものです。本図には、実効再生産数の増減挙動の判定指標として私が着目している最低気温の前週差も同時にプロットしています。

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今回分析を行ったのは、いわゆる第三波が拡大して縮小する2020年11月1日から2021年2月10日の期間です。この期間に東京都が発表した新規陽性者数のデータに対して【sequential Gaussian simulation】という【空間統計シミュレーション geostatistical simulation】を適用(方法の詳細は過去記事をご覧下さい)することで各日の感染の空間分布を推定し、それらを時系列順に並べることで感染の時空間挙動を再現しました。映像をご覧下さい。

【東京23区における第三波の新規陽性者数の空間分布の時間挙動】

[youtube映像]

第三波の新規陽性者数が暫定ピークをつけたのは2020年11月20日であり、その後しばらく微増を続けました。そして、ドラスティックな増加が生じたのは2021年1月5日頃であり、1月8日にピークをつけた後は単調減少を続けています。まるで、蝋燭の灯が一層明るくなった直後に消えるように、京都大学の宮沢孝幸先生のお言葉を借りれば「燃え尽きたように」感染が縮小していきました。

図-2 第三波ピーク時の新規陽性者数の空間分布(1月8日)

感染のエピセンターは、第一波・第二波と同様、都心の港区から渋谷区を経由して副都心の新宿に至る矩形上の範囲です。ただし急上昇の局面では、第三波のピークとなった1月8日の空間分布(図-2)からもわかるように、港区・渋谷区・新宿区に加えて千代田区・中央区を含めた円形状のエリアを中心にして23区全体に等次元状の広がりを示しています。

ここで併せて注目したいのは、都心近くに位置していながらも感染拡大の防波堤のような役割を演じている文京区・台東区・品川区です。この3区では、年始の感染拡大でも中心エリアとは一段低い新規陽性者数を示し、ピークアウトも早かったと言えます(映像参照)。以下、感染中心5区(港区・渋谷区・新宿区・千代田区・中央区)及び感染抑制3区(文京区・台東区・品川区)の空間的位置関係を考慮した上で考察を行っていきたいと思います。

(1) 電車・地下鉄

まず単純に考えられることは、感染中心5区には、東京の大動脈である[JR]の山手線・京浜東北線・中央線、および[東京メトロ]の丸の内線・東西線・日比谷線が存在し、人々の接触機会を増やしているということです。[パーソントリップ調査]によれば、レジャー・観光・旅行の移動量は全体の2%程度に過ぎず、移動量のほとんどは、通勤・通学などのルーチンな移動によるものです。ワイドショーはGoToトラベルを悪魔化しましたが、感染に大きな影響を与えるのは、特別な感染対策を行わない日々の移動であったと言えます。ワイドショーは人々を惑わせ、問題を直視させなかったのです。

一方で、感染抑制3区にはこれらの路線の駅がほとんど存在していないため、都心とは比較的往来が少ない環境にあると言えます。文京区は山手線内に位置しますが、JRの駅は存在せず、東京メトロの丸の内線が3駅通過するのみです。江東区は山手線外に位置し、いずれの路線の駅も存在しません。品川区は北端に山手線・大崎駅と五反田駅が存在するものの(品川駅は港区)ほとんどは山手線外、京浜東北線の乗降客も品川駅以南では大きく減少します。

(2) 昼間/夜間人口比

図-3は東京23区の昼間/夜間人口比を示したものです[参照データ]。ここで昼間人口とは就業者・通学者が従業・通学している従業地・通学地による人口であり、夜間人口とは地域に常住している人口のことです。

図-3 東京23区の昼間/夜間人口比

本図を見ると、感染中心5区の昼間人口の比がいずれも高い値を示しています。素直に考えれば、感染者の通勤・通学に伴う移動によって、通勤・通学先の地域住民が被感染者となったと言えます。これは「卵が先か鶏が先か」の【因果性のジレンマ causality dilemma】であり、感染流行地は感染させられる場所であると同時に感染させられた場所であるとも言えます。ただし、都心あるいは副都心から感染増加が突如始まることを考えれば、「卵が先」の蓋然性が高いと考えられます。

(3) 飲食店の密度

図-4 東京23区の飲食店の密度

図-4は東京23区の飲食店の密度を示したものです[参照データ]。飲食店の密度は、感染中心5区で高く、感染抑制3区で比較的低いと言えます。ただし、感染中心5区のうち、感染のエピセンターでもある港区・渋谷区の密度は千代田区・中央区・台東区よりも低いことから、単相関で考える限り、飲食店の密度が感染の最大の要因とは言えません。

(4) 河川の感染抑制効果

図-5は第三波ピーク時の新規陽性者数の空間分布に都心を流れる主要河川である神田川・隅田川・目黒川をプロットしたものです。

非常に興味深いことに、感染中心地の北限は神田川、東限は隅田川、南限は目黒川となっており、その外側に存在しているのが感染抑制3区であると言えます。また、感染中心域の西限である杉並区と世田谷区の境界付近で神田川と目黒川は近接しています。つまり、都心と各区を隔てる河川が感染抑制に機能している可能性があるということです。勿論メカニズムとして考えられるのは、河川による隔離効果が発揮されたことです。山手線に乗って神田川を飛び越えた上野におけるイレギュラーな感染多発域も隅田川で抑制されていることが考えられます。

図-5 第三波ピーク時の新規陽性者数の空間分布と河川の位置関係(1月8日)

平安時代、天皇をはじめとする平安京の居住者は、鬼門(東北)からの鬼の侵入(疫病)を防ぐ守護神として賀茂川の上賀茂神社と鴨川の下鴨神社を信仰しましたが、これは河川による疫病の隔離効果を神業として崇めたことに他なりません。

mina you/iStock

新規陽性者数の空間分布は上記のような各種メカニズムが複合して形成されていると考えられますが、その増加の時期については、図-1に示した気象の関与が大きいと私は推察します。新規陽性者数の空間分布の時間挙動を見る限り、全体の期間を通して、潜在的な感染源が感染中心5区に逐次供給されて、ミクロな増加が逐次発生していますが、全国規模の特定のタイミングにならないとマクロな増加は発生しません。全国ほぼ同時にマクロに作用する誘因は気象以外には考えられません。

残念ながら、緊急事態宣言には顕著な効果は認められませんでした[記事]。今こそ、緊急事態宣言を解除し、客観的な感染予測を軸とするアプローチで効率的に感染抑制をする時期に来ているものと考えます。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年2月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。