慰安婦と同じ身分だった!?:17世紀米国への黒人ら多くの初期移入者

高橋 克己

慰安婦を売春婦とする論文「Contracting for sex in the pacific war」の抄録を公表したハーバードロースクールのラムザイヤー教授が激しいバッシングに晒されている。論文の掲載阻止や大学への同教授排除の働き掛けすらあるという。学問や言論の自由を妨害し、人権を侵害する卑劣極まる行為だ。

マーク・ラムザイヤー教授 Harvard Law School HPより

中国外務省の華春瑩報道官も19日、「慰安婦強制募集は日本の軍国主義が第2次世界大戦中にアジア地域の国民を対象に犯した深刻な反人道的犯罪」と述べ、出版に反対するかとの質問に「論文を読んでいないが、慰安婦問題に対する中国の立場は明確だ」と参戦した。が、「読んでいないが、・・立場は明確」とは「事実は関係ない」と白状したに等しい。

その抄録サイトには「Keywords」として「Prostitution;Indentured servitude」と書いてある。邦訳すれば「売春;年季奉公契約での苦役」となろうか。言葉では言えても、はたと漢字を思い付かない語がある。「ネンキが入(はい)る」などもその一つだが、その「年季」だ。

ところで、筆者はこの3ヵ月米大統領選をウォッチし、新たな認識を米国に懐いた。主には社会分断の有り様だが、それは人種問題のみならず、ニューヨークタイムズ紙の「1619プロジェクト」とそれに対抗するトランプの「1776委員会」のような、米国建国史についての認識対立も含む。

そこで最近、書棚で埃をかぶっていた「アメリカ大陸の明暗」(今津晃:河出書房新社)を取り出して読み始めたところ、「黒人奴隷制の成立」との項の中に「インデンチュアド・サーバント(indentured servant)」と極細かいルビが振ってある語に出くわした。その一説は以下のようだ。

奴隷制度の成立は、タバコ栽培が盛んとなってプランター層が現れ始めた(*移民)第一世代以降のことだ。それまでの不自由労働者は、もっぱら年期契約奉公人(インデンチュアド・サーバント)だった。(*は筆者)

正しくは「年期」は「年季」とするべきだがそれは措き、ならば、その移民第一世代の「年季契約奉公人」がどういう者たちだったか気になるところだ。

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同書はそれを「概して英国の中産階級や労働者階級に属し、渡航費を払ってもらうため自発的に年季契約奉公人という不自由民になった人たち」で、当時の「英国からの移住民の少なくとも70%」が自発的に年季奉公人になったというのが、今日の定説だとする(今津の同書執筆は1989年)。

その証拠として同書は、1661年のヴァージニア法の次の規定を挙げている。

もし白人奉公人が・・義務を果たし得ないニグロと手を携えて逃亡した場合、彼は自己自身の行動に対する通常の罰のほか、そのニグロの不在期間分だけ奉仕せねばならぬ。・・奉公期間を延長できないニグロは生涯の奉公人、つまり奴隷であることを要する。

すなわちこの規定は、ヴァージニアでの奴隷制度が、少なくともこの時点では成立していたことの証である一方で、この規定から推測できるように、植民の当初から黒人奴隷の制度が存在していた訳でないことの証でもあるということ。

同書は、オランダ商船で西インドの黒人奴隷20名が初めてヴァージニアに連れて来られた「1619年当時には、この地にはまだ奴隷制はなく」、この「20名はヴァージニアで年季契約奉公人となった」ともする。つまり、「1619プロジェクト」の黒人は奴隷でなかったことになる。

さらに同書の記述を続ければ、黒人奴隷制度が進展し始めた1680年代に入っても、「年季奉公人の中に多くの黒人が存在」しており、1683年のヴァージニアでは奴隷3,000人に対し、年季奉公人が12,000人いて、「そのうちのかなりの人数が黒人」だったという。

が、プランターと小農民が組んで英国王の勅任総督と特権的プランターに挑んだ「ベーコンの反乱」を通じ、プランターが年季奉公人より奴隷に重きを置くようになり、それにプランター間の生産競争の激化やサウスカロライナで始まった稲の作付けで労働不足が生じたことなどから黒人奴隷制が進展した。

その結果、年季奉公人と黒人奴隷の割合が入れ替わり、18世紀には黒人奴隷は、13植民地の人口全体の20%、南部では40%を占めるようになった。斯くて奇形ながら資本主義的な風土育成に貢献した黒人奴隷だが、こうした前近代的な社会制度は後に南北戦争を勃発させることになった。

今津は同項の最後で、年季奉公人は「年季が明ければ、契約通り自由民なることができた」とし、さらに奴隷制が成立した後には、捕らえられた「インディアンが奴隷にされるケース」もあったので、「奴隷とは黒人、黒人とは奴隷」という単純な公式に固執するのは慎むべきと書いている。

まさに「奴隷とは黒人」との「単純な公式」がくつがえる。ラムザイヤー教授が、初期の奴隷制度がこの様にむしろ年季奉公だったことを知った上で、慰安婦を「Indentured servitude」としたのかどうかは不詳だ。が、辞書で「indenture」を引けば以下のように書かれている。

[英法] 年季契約移民同意書<英国植民地への渡航と引き換えに一定期間労働に服するという同意書>(ジーニアス英和辞典)

とすれば、「indenture」は英米の人々には「知る人ぞ知る」語であって、ラムザイヤー教授が「慰安婦に対して用いるべき最も適切な語」としてこれを選んだことは想像に難くない。何としても同論文の掲載を実現し、同教授の学問と言論の自由を守られねばならない。米国の良識が問われている。