中国は巨大デジタルプラットフォームをどう封じ込めるのか(藤谷昌敏)

政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長 藤谷 昌敏

アメリカのGAFA(Google、Apple、Amazon、Facebook)は、世界のIT市場を席捲する4大巨大企業である。このGAFAに匹敵する巨大企業が中国のBATHだ。BATHとは、バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイのことを指す。

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バイドゥは、中国の検索エンジンで、100以上の地域からの数十億件の検索リクエストに対応している。検索だけではなく、音声アシスタントや自動運転技術などにも手を広げている。2018年には通年で売上1,023億元、純利益で276億元と中国有数のIT企業だ。

アリババはBtoBからCtoCまでを網羅する中国最大のECサイトであり、中国企業と海外企業・個人との取引のプラットフォームだ。売上高は3,768億人民元を達成した。また、日本のソフトバンクとも深い関係を築いており、アリババの創業時には孫正義氏が約200万ドルの出資を行った。

テンセントはSNSサービスWeChat、QQを運営している企業で、ゲーム事業では世界最大のゲーム・アプリ会社だ。KDDI・バンダイナムコ・LINEなどとも提携し、日本企業との関わりもかなり深い。2019年にはテンセントのWeChatPayとLINEPayが1つのQRコードで連携できるようになり、日中間でのスムーズな決済を実現している。またスカイダンス・メディアなどに出資してハリウッドの映画製作にも携わっており、日本のアニメ制作にも出資している。売上高も3,127億人民元で、トップクラスのIT企業だ。

ファーウェイは世界的なICTソリューションプロバイダーである。通信事業者向けネットワーク事業や法人向けICTソリューション事業、コンシューマー向け端末事業を行っている。全売上高は7,210億人民元と世界でも名の知れた企業の1つで、一時期、5G基地局の世界制覇を目指したが、米国の怒りをかって米中貿易摩擦の発端となった。売上の10%以上を継続して研究開発に投資するという巨額な投資により、イノベーションを次々と起こしており、先端技術では米国に負けていない。

この4社で2018年の売上は2,224億ドル、利益は360億ドルに上る。さすがにGAFA(売上6,910億ドル、純利益1,220億ドル)にはかなわないが、世界市場で大きな存在感を示している。

デジタルプラットフォームに対する政治的規制

デジタルプラットフォームは、強大な経済パワーをもっているだけではなく、情報の発信拠点であり、サプライチェーンの結節点ともなっている。また、SNSを通じた情報の拡散と伝達によって、政治的メッセージを発信して政権を左右することさえも可能だ。EUや米国は、このデジタルプラットフォームという新たな脅威に対して、独占禁止法による枠をはめることを画策してきたが、2020年10月には、米司法省とテキサス州などがグーグルを提訴した。米司法当局は、「グーグルがメーカー側に毎年数十億ドル(数千億円)を支払い、自社の検索エンジンがブラウザや携帯電話などのデバイスのデフォルトオプションとしてインストールされるようにしていた。こうした取引により、グーグルが独占を違法に維持したことで競争が乏しくなり、サービスの質低下やネット広告料の値上がりを通じて消費者に損害を与えた」と主張し、違法行為の停止や事業売却を含む是正措置を同社に命じるよう裁判所に求めた。

中国政府の巨大デジタルプラットフォームの封じ込め

こうした政府と巨大デジタルプラットフォームとの闘いは、中国においても発生している。2020年12月、中国の国家インターネット情報弁公室は、ネット企業がスマートフォンなどのアプリを通じて個人情報・データを集める行為を制限する新規制案を公表した。個人情報・データをネット企業が集める際には利用者の同意が必要となるほか、サービスに関係のない個人情報・データを集めることを禁じている。さらに本年1月20日、中国人民銀行(中央銀行)は新たな規則案を発表し、ノンバンクの決済企業が単一市場の半分のシェアを占める場合、または2社でシェアが計3分の2に達した場合は独占禁止調査の対象になる可能性があることを示唆した。

もし当該企業の独占が確認されれば、人民銀行は国務院に対し、事業の分野ごとに企業分割などの制限措置を講じるよう勧告することができる。なお、決済ライセンスを既に持つ企業には新たな規則に対応するため1年間の猶予期間が与えられる。この規制は、中国の電子決済業界におけるデジタルプラットフォームによる独占を抑制するためのものだ。例えば、アリババ傘下アント・グループの決済アプリ「アリペイ」は利用者10億人、テンセントの対話アプリ「ウィーチャット」(微信)は、12億人超のユーザーを抱えている。中国当局は、アント・グループなどがユーザーから収集する大量のデータを活用して独占状況を作り出し、既存の金融機関のビジネスを強く圧迫していることを以前から問題視していた。

中国はデジタルプラットフォームを国営化するのか

こうした中国当局の一連の規制は、昨年12月の党中央経済工作委員会で打ち出された8つの重点工作に基づくものである。その1つは「市場独占禁止を強化し、資本の無秩序拡張を防止する。市場独占禁止、不正当競争禁止は、社会主義市場経済体制をよりよくするものであり、ハイクオリティー発展の内在要求を推進する」と謳っており、その背景には、デジタルプラットフォームが力を持ちすぎたことで不公平感が国内に蔓延していることや、他業種よりも法の束縛が緩いとの批判が党の内外にあることがある。党中央による経済コントロールという目標達成のためには、民間企業より国営企業がより容易に達成し得ることは明らかだ。

2018年、民営保険企業「安邦保険」が公的管理下におかれて実質的に国営化された例のように、今後、習近平政権が巨大なデジタルプラットフォームを次々と国営化していく可能性は十分にある。そうなれば国営化したデジタルプラットフォームは、強力な中国政府の支援の下、情報の世界的な独占に乗り出すことは明白だ。日本に対抗する手段はあるのだろうか。

藤谷 昌敏(ふじたに まさとし)
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。